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最終日の朝

2009年07月31日
一夜明けて、体調はだいぶ良くなった。
けれどやはり、何か胃に入れるまでは本当のところはわからなかったので、
とにかく又、食べ物探し。

タイで毎日のようにフルーツを食べているのに、Habanaではほとんど口にすることがなかった。
重くないものが食べたい、たとえばフルーツとか。
ホテルの朝食ならば適当なものが食べられそうな気がしたので、近所のホテルまで行ってみることにした。

まず行ってみたのは、Habana Riviera というホテルだった。
ここはどちらかと言うと外国人よりキューバ人が多く出入りしていて、残念ながら朝食の時間はとっくに終わってしまったようで、コーヒーショップなどの場所には人はいなかった。
反して・・・
安くプールに入れるようで、プールサイドにはプールの時間を待つキューバ人が列をなしていた。

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ホテルのロビーからのマレコン。はずれのほうなので静かだった。

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                    プールの時間を待つ人々


ここでは朝ごはんも無理そうだったので、隣のHohiba へ行ってみた。
大きなホテルで、どこに何があるのだか・・・
昼間だったので閉まっていたけれど、日本料理のレストランがあった。
そしてその隣にコーヒーショップを発見したが、時間的に朝食は終わってしまったという。
ロビーラウンジではいつでも朝食が頼めると聞いて、ラウンジに降りて行ってアメリカンブレックファーストをオーダー。

たくさんのフルーツが出てきた。
胃腸にやさしいパパイヤが乗っていたので、始めにパクリ!

「・・・」

こんな高級なホテルのラウンジなのに・・・ 
誰か、玉ねぎを切ったナイフでフルーツを切っちゃいけないって、教えてあげて。

キューバで何度かオムレツやスクランブルエッグを頂いたが、ここのはその中でも最悪だった。
まるでコーンフレークのようなスクランブルエッグが出てきた。
卵に完全に火が通らないと危ないのかしら????

ベーコンやソーセージが付いているはずなのに、付いていなかった。
どうせ食べられやしないけれど、料金に入っているものが出てこないのはどうかしら。。。
これで12CUC
ラウンジのウエイトレスはやる気なし。

半分も食べずに、あたりまえのようにお腹がいっぱい。
マレコンとホテル周辺にさよならをして、お宿に戻った。
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緊急事態

2009年07月30日
私にとってメインイベントであった国内旅行が終わった。。。。本当に気が抜けたというか。。。
疲れでぐったり来ていたけれど、
それ以上にボチボチ広げた荷物を片づけ始めている状況が、テンションを下げ始めていたような気がする。

金曜日の夜にHabanaのお家に帰宅して、土曜日、そして帰国の日曜日、残るはそれだけ。
長かったような気もしたけれど、本当にあっという間。

国内旅行から戻ってしまえば後は自分次第の時間だけだから、
土曜日はミュージアム回りをして、夜は待望のトロピカーナに一人で乗り込もうと思っていた。

が、ここでまさかの事態!

土曜日の朝は、胃とお腹の痛みで目が覚めた。
やばい!
どうやら食中毒のような症状!!

東南アジアの屋台生活が長くて、風邪はひきやすくとも食あたりだけはほとんど経験のない私なのに、まさかまさかのキューバで?!

とりあえず持ってきていた正露丸を飲んだ。
それでも痛みは引かず・・・
もともと前日もあまり食べていなかったので出るものも尽きてしまっていたのに、痛みはずーーーーと引かないどころか、立っていられない位の刺すような痛み。

プランはすべておじゃん・・・心残りをたくさん作った。

とにかく寝るしかなかったけれど、それでも痛みは引かず。
ママが庭のハーブを煎じてくれたり、大事にしている自分の特効薬であるタイ製の漢方薬を飲ませてくれたり(娘がタイにいるからね)、とにかく水を飲み続けた。

夕方には痛みはだいぶ治まってきたけれど、既にフラフラだった。
「明日のロングフライトのために体力をつけなくちゃいけない。何か食べなきゃ!」と思ったところで、そこには食べられそうなものはなかったのだった。

考えた挙句、「米はある!」
ママにお願いして、白がゆを作ってもらい食べた。
キューバでも、赤ちゃんに白がゆを食べさせることがあるそうだ。

続いてカルチャーショック・・・

フルタのバナナが食べたい(調理用ではないという意味)と言うと、

「病人がバナナなんて食べちゃいけない!」

ママだけではなく、ベルやベルの家族まで同じことを言うのだ。(ベルのパパは元医者です)

「でもね、これは文化の違いよ。アジアでは病人と赤ちゃんはバナナを食べるのよ。」と頑固に言い張った。

ちょっとの間姿をくらましたママ・・・戻ってくると、近所で頂いてきたのか?
バナナを1本持ってきて、「しょうがないわね」と呆れた顔で私にくれた。
バナナを食べたら少し落ち着いた。

私はとにかくスープなどの食べ物を口にしたくて、「スープ、スープはどこ?」と聞くと、
ママは少し離れたところに北京料理店がある。中華料理ならスープがあるから、そこへ行きなさいと言うではないか。。。

病人に北京料理・・・またまたびっくりだ。

中華は油が多いから駄目だというと、中華料理は油は少ない。スープには油は入っていない!と言い切る。。 これがここの常識なのだろうか?

少し先のスーパーに行ってみたけれど食べられそうなものは見たらなかったので、
ママの進め通りに中華料理店に行ってみることにした。

何をしていようとママに使われる友達の息子は、またまた私のために外出をすることになった。
・・・近くだって言ったのに・・・
中華料理店は、しっかり20分以上も歩いたところにあり、しかも閉まっていた!!!!!

一緒に家から出てきた、その付近に住んでいるというおばさんが、7ブロック先に他の中華料理店があるから、そこに連れて行きなさいと言うので、私は更に遠出をすることになってしまった。

この状況、きつかったです。
けれど何か口にしなければという執念が、中華料理まで連れて行ってくれた。

地元の人御用達の流し乗合車・・・1人10ペソ

ついた中華料理店が、これまたびっくりものだったよ。

ビルの2階、窓があかないのにエアコンもつけてくれない。
当然客もいない。
従業員が6人ほど、入口で音楽をガンガンかけて踊り狂っている。

オーダーをしたらちゃんと働いてはくれたけど、必要最低限に。

「SOFA CHINA」スープは1種類
葉野菜とハムを細かく刻んでスープにこれでもかと入れてあった。
ママの言うとおり、脂分の少ない淡白なスープ。。。まるで鍋ものに使うスープのようだった。
5ペソ

息子が言った。「キューバ人向けのレストランには、サービスなんてないんだよ」

それでも帰りがけに水をボトル一本買ってCUCを手渡したら、満面の笑顔になっていた。

これも経験・・・

今度はまさかの事態に備えて、インスタントのカップスープくらい持ってきた方がいいなと実感させられた事件でした。
あー・・・明日にはこの地を去ると言うのに・・・

理由はなんだかわからないが、自分の体、自業自得であるはず。




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名残を惜しみながら

2009年07月29日
遠浅の海を背丈までのところまで延々と歩き、海にちょこっと使ったら、
塩水と日差しで目が開けられないくらい痛くなってしまった。

ということで、海遊び終了!

私のビーチライフなんて言うのは、いつもこんなものです。
浜辺のシャワーを浴びてからホテルのプールに飛び込み、極楽感♪
冷たいし、真水だし・・・
その後は、兄妹が海の中からどんなに私を呼ぼうが、私は脚を日焼けさせることに決めた。
どうしたって、脚のほうが上半身より白いからね。

しばらくすると2人が慌てて海から上がってきた。
「今、何時? なんか呼び出しされてたよ!」
すごいなー。呼び出されていた事には全く気付かなかったけれど(スペイン語わからないし)、
ホテルの放送が浜からかなり離れた海の中で聞こえちゃうなんて。

そう、約束の3時半よりは30分近くも早いが、「チェックアウトしろ!」的アナウンスでした。

カードキーが早くも書き換えられていたので、一度だけ部屋への入室を許され、
シャワーを浴びて荷物をまとめた。
荷物はホテルで預かってくれるので、タクシーとの約束の時間までホテル内で過ごすことに。

「タクシーとは何時に約束したの?」

「7時」

またまた驚きです!
もともと2時がチェックアウトの時間なのに、なんで7時になんて約束したのだろうか?
ホテルが許すと思っていたか?!

プールサイドで飲んだり食べたりしていると、4時過ぎくらいにはドライバーがやってきた。
そりゃそうですよねー。
彼と約束をしたのは昼前なんだから・・・7時までなんて待てるわけがない。

しかしながら、タクシードライバーは時間をつぶすことができないからホテルで待つつもりできたらしいのだ。なんて律儀な・・・
他にHabanaに帰る人がいたら、行っちゃうだろうなーと思っていたのに。

部屋も追い出されたし、ドライバーは待っているし・・・結局私たちは早めに出ることに決めた。

トリニダッドからのドライバーさんもすごく親切な人だったけれど、このドライバーさんも親切で、おまけにすごく面白かった。

エアコンのききがあまり良くないから窓を開けたほうがいい(まただ)ということで、窓を開けて風に吹かれるように走ってるところに、彼は、レゲトン(クバトン)やサルサ、ティンバを爆音でかける。

時々いきなりフェードアウトする。
また爆音、そしてフェードアウト・・・ 最初は何をしているのかわからなかった。

しばらく経つと私にも解説があり、
以前交通警察に「音楽の音が大きすぎる!」という理由で止められて、お説教されたとのこと。
それ以来、警察がいるところでは音楽を切るらしい。

それにしても・・・すごく目がいいんですよー。
私なんか、真横を通るまで警察がいるのに気づかなかったもの。

道中ちょっと写真を撮ろうとすると、すぐに車を徐行にするか止めてくれる。
場所の名前はわからないけれど、Habanaに近いところに大きな橋があり、それを見るための展望台がある。そこにもわざわざ行ってくれた。
まるでツアーガイドのようだった。

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 カモメのような、でも黒い鳥が輪を描くように群れて飛んでいた(カラス?トンビ??)
   タクシーガイドさんは「人が飛び降りるのを待っているんですよ」と普通の顔で説明・・・



その後も、フリークエントな爆音ミュージックを聞きながら、とうとうHabana Viejaまで到着。
海底トンネルをくぐってHabana Viejaまで到着したのに、すぐにUターンして戻る???

どうやら、まだモロ要塞に行っていないという話をしたら、「それでは行きましょう」と戻ってくれたようだった。
モロ要塞に到着、成り行きで・・・私とベルは要塞の中に・・・
キューバ人5ペソ(だったかな?) 私5CUC
そんなにゆっくりしている時間はなかったけれど、“迫ってくる自然現象” には勝てないもんね。

中に入ったついでに要塞の中もしっかり観光して、
外で待っていた兄とドライバーには、「中が複雑なので迷ってしまった」と言い訳。

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彼の自宅が兄妹の家の近くってこともあったのだろうけれど、
正規のタクシーでバラデロから観光付き、
私をベダドにおろしてから彼らの家まで送って、80CUC。

あっという間に、おとぎの国から帰ってきてしまったような・・・
ハードな旅の疲れもでて、ぐったり・・・脱力。

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バラデロ ホテルの中で

2009年07月27日
トリニダッド同様、バラデロの滞在時間も短く・・・(涙)

先にご紹介したとおり、ホテルの中だけにいても十分楽しめる充実ぶりで、
それだけに「もう帰るの?」ってな感じに至ってしまった。

私たちが見た晩のショーは、バレエを中心にした「ロマンチックナイト」で、
翌日(私たちが帰る日)の昼にその日の晩の出し物の「サルサナイト」のリハーサル風景を見て、ますます心残りとなってしまったのだった。

ショーの最後にはMCが現れ、
スペイン語の分かる人はゲラゲラ笑ってしまうくらいユーモアたっぷりのトークがある。

このMC、見かけはその辺の屋台のおじさん?って感じ。
背も低くってぽっちゃり体系で、色黒。
タンクトップに半ズボンで、ウエストポーチをしている。
その姿でステージに!

ベルが、とにかく彼を気に行ったようで、姿が見えないなと思うと彼のところで話しこんでいた。
「彼って、ゲイみたい」と、ぽそっとこぼすと、「あたりまえじゃない!」と一言返ってきた。
(あらら・・・)

ステージのダイレクターで、ダンスのインストラクター。
「キューバの文化を広めるのが楽しくて仕方ないんだ!」と、本当にキューバの文化を愛し、誇りとする気さくな人。
英語もペラペラなので、私も少し話に混ざらせて頂いた。

ベルは「バンコクにはキューバン文化がない」という事から始まり、機会があったらバンコクに来てほしい的な話を熱弁しており、彼のほうも興味深々だったようだ。
キューバン文化を世に広めることを喜びとする彼にとって、バンコクのような未開拓な場所はある意味挑戦であり、新鮮なのかもしれない。

名前は忘れてしまったけれど、一度ショーを見ればどの人の事だかはすぐわかるはずです。
彼らはホテルに滞在しているようで、昼までも、食事時も、ホテル内でよく見かけるので、
話しかけても楽しいかもしれない。


余談だけれど、
キューバで便利だなーと思ったことは、
両替も買い物も、ホテルの中だから特別に高いという事がないことだった。
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バラデロ 街

2009年07月26日
バラデロの街には、高級ホテルが隣接するエリア以外、目立って高いビルはない。

翌朝街を散策するにあたり、歩いて回るのには暑すぎるということで、またまた馬車にお世話になることになってしまった。
最初は「一人20CUC」という正規料金を言われ、「・・・」 (ちゃんと料金表が張られている)

結局なぜか、一人当たり5CUCでいいよとなったようだ。

馬車に乗って、まず行ったところは「公園」
歴史ある家があって(今はレストランになっている)、有名な場所らしいけれど、詳細を忘れた。
公園を抜けてから突然、兄妹が“家探し”を始めた。

私が帰った次の週、彼らは家族全員を連れて、バラデロで一週間を過ごす予定なのだ。
キューバ人の一家族となるとホテルに泊まるわけにもいかないので、キューバ人のみに貸し出される家を探してたのだ。

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このプレートがある家が、「家丸ごと貸し出します」というお家だそう。

最終的に、公園の裏の、とっても素敵な家を借りることに決めたらしい。
私が見ても「住みたい!」と思うほど、素朴なラテン風の色やデコレーションで趣味のいい家だった。

「貸家の家族は家を貸したらどうなるの?」という疑問に、
「住んでいる人は貸出期間は別のところに移動するんだよ。それでも、貸し出したほうが収入がたくさんあるからね」という事だそう。
・・・私にはちょっと考えられない商売だわ。

その後、私たちを乗せた馬車は高級ホテルの建ち並ぶエリアまで走った。
かなり長い距離で、またまた馬に同情をせざるを得ず。。。

水を買おうと、一軒の素敵なスペイン料理のレストランに立ち寄った。(水を買うだけ)

そのレストランの庭(だと思う)はまさにスペインであった。

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      ラマンチャ・・・ ですよね??

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その後、兄妹が見たいというので、とある高級ホテルの中をのぞいてみようということになったのだが・・・(私は「趣味悪いなー」と思うような外観だった)
入口にいるセキュリティーが何やら、「宿泊客じゃなければ、これ以上中には入れられないよ」みたいなことを言ったらしい。
キューバ人が入れないホテル?だったのかもしれない。

ホテルを後にしてから自分たちの宿泊しているホテルのエリアに戻り、土産物屋が集中していた広場のようなところへ行き、お買い物。

ただ“がら~ん”としていた高級ホテルのあるエリアより、私はこの“街”的なエリアの方が肌に合う。

街歩きと買い物で、のんびりだらだらしていたら昼になってしまった。
チェックアウトは基本的に2時、なのにまだビーチに行っていない!!

「急いでホテルに戻って、昼食をとってからビーチだ!ビーチ!!」

ここまで追い込まれないと、永遠にだらだらしてしまう人達なのね。
ホテルに向かう途中に、Habanaへ戻る正規のタクシーを探し、80CUCで交渉済み。
帰りの足は確保済みなので安心、後はぎりぎりまで遊ぶのみ!

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バラデロ 到着、宿探し

2009年07月26日
日本のタクシードライバーを思い出させてくれるような、政府公認タクシーの運転手さん。
バラデロに到着した後も、私たちの宿探しに付き合ってくれた。

バラデロでは既に外国人が宿泊できるような部屋は、ホテル以外にはないということであった。
仕方がないのでいくつかのホテルに立ち寄って、結局、トリプルルームで100CUCというホテルに宿泊することになった。
そのホテルの前に見たホテルは、古くて、狭くて、何となくドミトリーみたいな感じで一部屋22CUC、100CUCのところと比べると格安ではあるけれど、その料金の差が大きい理由は一目で納得できた。

私としては、バラデロというリゾートまで来て、引き続き節約旅行のような思いはしたくなかったので、念の為、「あなたたちはいくらなら出せるの?」と兄妹に聞いた。
20・・・食事つきだから25だったら・・・という答えなので、文句なしに残りは私が払うことで決定した。

後で考えてみると、
このホテルの条件で、3人で100CUCというのは非常に安い。
バラデロのほとんどのホテルが同様らしいのだけれど、3食付き、飲み放題だとのこと。
朝、昼、晩ともに、レストランでブッフェの食事である。
24時間オープンの別棟のバーでは飲み放題、もちろんプールバーでもスナックや飲み物はタダ。
おまけに毎晩プールサイドでは何らかのショーが催される。

チェックインの時に腕にプラスチック製のブレスもどきをつけられ、それをつけていればすべて無料なので、ホテルにいる分にはお金を持ち歩く必要は全くなく、きわめて便利であった。

また、ホテルの立地はビーチに隣接していて
24時間バーはほとんど浜辺であるし、ビーチに行くにもホテルのプールサイドから直接出られる。
最高のロケーションである。

3人で100CUCって、逆に安すぎる印象だった。

イタリア人がすごく多かったのだけれど、後で聞いた情報によると、イタリアからの航空券プラスのツアーが組まれていたそうだ。 カナダから来たという家族は、既に3か月も滞在しているという。
なんて贅沢!

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     今回泊まったホテル、LOS DELFINES

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                  ホテルの部屋。バスタブはないが、シャワールームは清潔だった

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  24時間のバーからの風景。バーテンダーはどの人も陽気で親切

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                  3食ともお世話になったホテルのレストラン。種類は豊富だった。

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 プールサイドからビーチに向かって。。。バラデロのビーチはかなり遠浅、延々と広い



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       (おまけ)カメラに気づいて、満面の笑顔を見せてくれたタクシーのドライバーさん


チェックインをする際に料金を前払いするシステムでした。
夕食は10時半までと言われたけれど、もうそんなに時間の余裕はなかったので、
ちょっと浜辺を散策して、シャワーも浴びずに夕食をとることにした。
食事が終るともうすぐ始まると言われたショーのために、プールサイドのテーブルつきの席を確保。

やはり、あわただしく一日が過ぎてしまった。

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バラデロへ移動

2009年07月25日
日差しは強い。まだお昼くらいの感覚・・・しかし、夕刻が近づいていた。

結局のところ、「誰も私を乗せたがらない」わけで、
私もいい加減、成り行きに任せて傍観者に徹するのはやめた。

「いーじゃない。正規のタクシーが140CUCって言うんなら私が100CUC払うからって言ってるじゃん」

そう言ったら、もういい加減疲れたのか、すぐに決まった・・・

なんだかんだ言って、私の知らないうちに私がここに来る車代を全額払っているし、
部屋代もしかり。。。何を今更遠慮しているんですか? とは言わなかったけどね。

ここからバラデロまでは4~5時間の旅になる。
出発前に腹ごしらえをして行こうと、今度は道端で声をかけられたライセンスありのCASAに行った。

ここ(トリニダッド)での食事のメニューはどの家でも同じみたい。
一律4CUC。
エビ、魚、ロブスター、チキンかポーク から選ぶ。
味付けはシンプルなガーリックか、トマトソース。
3食この手の食事をしたけれど、どれも微妙に違うその家の味だったからか、飽きなかった。

まだ食事が完全に終わらないうちに、すでに車が来てしまった。
正規のタクシーというのは時間に正確なものであるらしい。(びっくり!)

キューバで、初めてまともな車に乗った私。
日よけのついた窓、座り心地の良いシート、ちょうどいい温度のエアコン・・・

クバノ兄が、「最高だなー! こんな車、たぶん最初で最後! ははは」

私がいなかったらまず乗ることはない、外国人御用達正規料金のお車ですからね。

「そうよね。乗り心地いいし、おまけに肘掛もあるしー」
パカッっと後ろ席の真ん中を下すと 「おわぁ~!! ここ開けられるの知らなかった」
クバノ兄、まさかの大声で、はしゃぐ・・・

快適な環境でのドライブ、助手席に座っているベルはずっと興奮しているようで、
話が止まらない。

「僕の妹はどうかしちゃったのかな? ドライバーに話しっぱなし。
質問も何もないし、会話でもないし、ひたすら自分から話しっぱなしだよ」
クバノ兄が私にぼそっと言った。

彼らにとって・・・
私たち外国人にとっては普通のこの状況が、いかに素晴らしいことなのか?
普段バンコクでは同じような生活をしている彼らだけれど、
故郷ではやはりキューバ人なのだな・・・なんて、複雑なことを実感してしまった。

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        また絶対来よう! 美しく、やさしい街 TRINIDAD
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トリニダッド 一夜明けて

2009年07月25日
トリニダッドの夜はCASA DE LA MUSICA で 〆 ♪
またまた世界は狭いもので、
ダンスタイムに演奏をしていたバンドの中に見たことのある顔を発見!

クバノに、「ねぇ、あの人見たことあるよ。バンコクにいたんじゃない?」と聞いたが、
覚えていない。。。
実際に本人に聞いてみたら、やっぱり!
数年前にバンコクで演奏していた人だった。

「覚えているよ。バンコクのJAPONESA!」
私と同じで、名前は覚えていないけれど、みんな顔は思い出してくれる。
嬉しいね♪

再会したキューバ人みんなが同じことを言う。
なんとかバンコクに戻りたいと思って、機会を狙っているんだって。

戻ってきてくれたらいいなと願いながら・・・クーラーのきいた部屋で爆睡してしまった。

一夜明けて、
お願いしてあった朝食の時間♪ 宿のご主人が山もりの食べ物をテーブルに並べてくれた。

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          こぼしたパン屑が・・・(^^; これプラス、卵料理でした。
           今の時期は毎回山盛りマンゴー


兄たちもやってきて朝食をとり、その後街へ・・・

朝からみんな、車の確保に走り回っているらしい。
クバノAは自分の家に帰るのだけれど、予算にあった車が見つからないためにヒッチハイクになるかもしれないと言っていた。
クバニータとその従妹はHabanaへ
私たちはVaraderoへ

ベルがあちらこちら走り回って車探しをしていた。
戻ってくると、レンタカーの可能性があるけれど、今昼休みで人がいないからと言う。
またまた正規ではない車を探しているらしく、「誰もYumiを乗せたがらないのよー」

なんだかこんなことを言われると・・・当然のことでも、あまり気持ちいいものじゃないわよね。
私は正規の車でいいからって言ったのに。。。  彼女の意地?

車探しついでにインターネットカフェ(これが意外にちゃんとしているが、つながりがめちゃくちゃ悪い)に行ったりしているので、私とクバノ兄は昨日上がり損ねた塔に上りに行ってきた。
この塔に上がるのも、当然キューバ人料金と外国人料金がある。

この日は特別だったのか、私たち以外に人はいなかった。

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本当はこのテラスより上階は立ち入り禁止なんだそうだけれど、
暇そうにしていた係りのお姉さんが、暇つぶし(?)に私たちを上に連れて行ってくれた。
ちょっと大声を出して話をしたら、「しーっ!静かにねっ!」と注意をされてしまった。

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            この鐘を見下ろすところまで・・・
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 階段はギシギシと音を立てる・・・本当に気をつけないと!

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                『NO PASE』 セニョリータ! 現場を押さえましたよ!!
   
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みーつけた!?

2009年07月23日
キューバで耳にした言葉、その2

私が一人で外を歩くと、必ずと言っていいほど誰かが

    HOLA CHINA!!  と叫ぶ。


叫ぶのです。

確かに私自身ほとんどアジア系の人を見かけなかったけれど、
呼びかけたからって、別に意味はなさそう。
ただなんとなく、「みーつけた!」 って感じの、無意味な呼びかけ。


私もそのうち慣れてきた。
「China」と言われると、独り言で「あ、はずれー」とかつぶやいたり。

たまに、JAPON (何故か小声で)と言われると、

「あ、当たりだ」 と、何となく敗北感を感じた。


時間が貴重だと言う事を忘れさせてくれる、異国の時間でした。
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MIRA!!

2009年07月23日
キューバ人に囲まれて、スペイン語の話せない私の耳によく引っかかった言葉・・・

    MIRA!!

英語で言う、「LOOK!」 とか 「LISTEN!」 みたいな意味なんでしょう。

特によく話す人がアテンションを求める時に使うのだろうと思った。
そして、そのような人が私の周りには少なくはなくて。

私と兄妹、3人しかいないのに、兄妹ともによくこの言葉を使う。。。
スペイン語で話しているのに、聞き手は誰なんだろーか???


もうひとつよく耳にしたのは ESO!!

    エッッソー!!  って、なんだか叫んでいるような感じだった。

イメージでインプットされているので、説明不可。
お分かりの人には十分おわかりだと思います。
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どこにでもあるさ

2009年07月22日
観光地ならどこでもありそうな、
     観光客に対するムカつき行為!


夜、街中の階段のところで催される Casa de la musica へ行った際にトイレに行った。

トイレは階段をのぼりつめたところにある建物の裏側にあった。
私が行った時はたまたま空いていたので、まっすぐにトイレに入ろうとしたら・・・

入口にいたおばちゃんがいきなり、「Pay Money!」と言うではないか。
バンコクでもそうだけれど、ティッシュが欲しい場合は小銭を払ったりするけれど、
私はキューバ旅行中常にティッシュはバッグの中に入っていたので必要はなかった。

「Maney?」 と聞き返すと、「Si、1CUC」と言う。
確かに彼女の眼の前のトレーには、1CUCの紙幣とコインがまるで飾ってあるかのように入っていた。

おかしいとは思いながらも財布を覗いてみたら、小さいお金がない。

「I don't have small mony」と言うと、

 「Go、Bar、Change!」 とまで言うではないか?!

「わかった」というそぶりで友達の所に戻り、事情を話すと・・・

まず、クバノ兄が 「うそだろー? よし、俺が行ってやる」とついて来てくれようとすると、
一番若いクバニータが「私もトイレに行くから、私がついて行くわ」と、彼女がついて来てくれた。

おばちゃんはキューバ人を連れて戻って来た私を見るなり、ふくれっ面で横を向いて知らん振りだ。

前の前の人がトイレから出てきて、次の人がまっすぐにトイレに入って行った。
お金なんか一銭も入れていないのに、おばちゃんは何も言わない。

ついにクバニータが 「ここってお金払うの?」的な事を聞いたらしく、
おばちゃんは「ティッシュのお金だよ」みたいなことを答えていた。

彼女がお金を入れて私にティッシュをくれようとしたけれど、
私はティッシュはいらないと断ると、おばちゃんにティッシュを戻した。
すると、おばちゃんもお金を返した。

2人とも用を足してテーブルに戻る際、クバニータが言った。

    「本当に恥ずかしい事だわ」

どんなに素敵な観光地でも、こういう事はあるんだね。

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トリニダッド 街

2009年07月22日
本当に「ここに来てよかった」という、トリニダッドの街。
もっと長く、ゆっくり滞在していたいと思うほど・・・ さすがに歴史ある街だと思った。

街中の建物は、一般住宅でも中をのぞくことができる。
別に中に入れると言う事ではなくて、風通しをよくするため(だと思う)にドアや窓が開けっ放しになっているのだ。
一般住宅なのかみやげ物屋なのか、レストランなのか? 
ぱっと見はわからない家も少なくない。
お土産屋さんも多く、絵画や絵ハガキ、アーティスティックなものが多くて興味深かった。

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  いろんな素材でねじれたコーヒーポットのオブジェや絵を売る店。
       ガラス製のものが欲しかったけど、結構高かったので諦めた。
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   ハバナではこれと言った友人へのお土産も見つからなかったので、ここで買い物をした


DSC00362.jpg サンテリアのお家

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世界共通の言葉

2009年07月21日
世界共通の言葉といえば・・・ ボディーランゲージ!

宿にチェックインした時には、私はすでにフラフラ・・・体も汗と埃でべったりで気持ち悪いし・・・
ベルがお兄さんたちと一緒にネットショップへ行くと言うから、私は先にシャワーを頂くことにした。

シャワーを浴びてから気がついた。
トイレの水は出るけれど、便器の水たまりで渦を巻く程度で流れそうもない事に!

これではイザ、大きい方をしたくなった時に大変ではないか?!

早い時間に大家さんに桶かバケツをもらっておこうと、大家さんのところへ行った。
英語で言ってみたが通じない・・・

そこで思わず知っている単語を並べてみた。

   バーニョー、バーニョー! ごにょごにょ(英語) アワーっ!

大家さんは「わかった!2階で待ってなさい」と言ったような様子。
とりあえず部屋に戻った。
部屋に入るのには入り口とは別に、例のベランダから入れるようになっている。

コンコンコン・・・ノックの音でドアを開けると、大家さんはモップを持っていた。

   ちがーうっ!

NO! NO! と言いながら、すかさずバケツを持って水をぶち込むジェスチャー

  Ohhhh! (大家さん、わかったと言う顔)

すかさずバケツを持ってきてくれて、「これでいいのね?」と確認していたようであった。
私もにっこり満面の笑顔で、「Si!」

一件落着!!

ここに来る外国人はみんなスペイン語が話せるのね。
妙に納得してしまった。


ここのは年季が入っていますが・・・「外国人宿泊可」のステッカー
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       こちらはキューバ人専用のCASAのステッカー。ピンクです
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トリニダッド 宿泊

2009年07月21日
食事が終わってから街中の散策をしながら今夜の宿探し。

さすがに有数の観光地だけあって、街中はきれいだし、その辺で生の演奏をしている音楽が聞こえて来たりして、「キューバにいるんだ」という実感が込み上げてきた。

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                    DSC00347.jpg

       DSC00363.jpg
               DSC00375.jpg

日が暮れる寸前に、地元の人の情報を得て宿を決める事が出来た。
友達のクバニータとその従姉はキューバ人用のCasaに泊まることになり、ここはかなり広くてきれいだったのだけれど、後で聞いたら最悪だったらしい。
ダブルベッドとクイーンサイズのベッドが2つあったけれど、大きい方は汚くて寝られる状態ではなかったとか、バスルームの排水溝から悪臭が漂っていたとか。

私とベルが宿泊した先はCasaでもかなり小さな家だった。
3つ部屋がある内2つはすでに貸し出されていて、私達の泊まった部屋はクイーンサイズのベッドがやっと入っていると言う程度の小さな部屋。おまけに裏のベランダへ通じるドアはカギがかからず、トイレもよく流れない。シャワースペースは体の小さな私たちならではの狭いスペース。 この部屋だけは、貸出に難航していたと言う感じだった。

それでも、「昨日よりずっと眠れそうだよね。少なくともエアコンなるもん!」と私達には全く問題なし。

兄達2人は、また別のCasaに泊まった。
そこが一番広くて快適そうで、もう一部屋空いていたので私達も泊ることはできたのだけれど、
もう日が暮れると言う時に、すでに「泊まる」と言ってしまった以上、先に行った上記のCASAに泊らなければ申し訳ないからと。。。

それでも、3軒の家で朝食を作ってくれるという家は、私達の泊まったところだけだったのです。
一人当たり4CUCで、山のような朝食がでてきてびっくり!

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 兄たちが泊まった家(ラ・カンチャラの目の前)
            中庭があって、そこに面している
           DSC00380.jpg

部屋に関しては、外国人用は2軒とも20CUCでした。(朝食は別に4CUC)
家によってかなり違うんですねー。
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トリニダッド ランチ

2009年07月20日
やっと何もない暑い暑いジャングル(?)から解放され、いざトリニダッドへ
お父さんの家に迎えに来てくれたのは大きなアンティークアメ車であった。

アンティーク車って、見た目には「素敵!」と思うのだけれど、乗り心地は最悪ですよ。

トリニダッドまで約3時間の旅だという。料金は片道で40CUCで交渉成立したとのこと。
この車代は説明もなく、私が払う事に・・・
お金を出すのは問題ないんだけれど、ちょっとくらいその事を言って欲しかったと思うのでした。

昨晩寝付けなかったので、乗り心地の悪い車でも爆睡できてしまった。

トリニダッドの街が近づいたあたりから美しい海岸線が広がってきて、わくわくしてきた。
ようやく「旅人」になれたような気分なのである♪

     map
     Manicaraguaから海岸線へ出て、海岸沿いにトリニダッドへ


街に到着した。

なんてきれいなの?!  

急に興奮して来たぞ!

まずは腹ごしらえと言っていたのに、皆さんで、あちらこちらで話し込んでいるのは何故?
と思っていたら、食事のお誘いを受けているところだった。
以前聞いたことがあるけれど、ここは一般の家が潜りでレストランをやっていることが多く、
公にできないので個別セールスをしているらしい。

車を降りた場所はクバノAの同級生の家らしく、
とりあえず荷物を置かせてもらって、すぐ近所のお宅へ昼食をとりに行った。
一般の家なのでどんなものかと思ったけれど、それなりにおしゃれにレストランを作っていた。

昼食

          トリニダッド1
            私の座っていた席からの風景
   
ロブスターランチ
私のオーダー“ロブスター” この家のランチは野菜が別に盛られていました
一人分4CUC プリプリでシンプルなお味で満足!

目の前にある塔に上がりたいと急いで行ったものの、上に登れるのは3時までだとか。
既に5時近くになってしまっていたので、明日のお楽しみにまわして、今夜の宿探しをすることにした。
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占い師の家

2009年07月20日
かなり急ピッチでのアップ、いろいろありすぎて、のんびりしているとわからなくなりそうだから。。。
自分の思い出をしまっておくには、ブログとは実に便利なものです。

クバノAの故郷は本当に田舎、その田舎のお家に一泊させて頂くことになったのだけれど・・・
シャワーはついていても飾り(?)だったようで、水は出ず。
シャワーを浴びる人は順に、バケツ一杯の水を持参でシャワー室兼トイレへ。
水も何気に色つきなのでした(^^;

私はベルと一つのベッドをシェアすることになったけれど、ベッドはクイーンサイズより少し小さい感じ。
すでに旅の疲れも出てきていたけれど、暑いわ狭いわで寝付けなかった。
彼女も同じだったようで、真夜中に起きてカーテンを開けていた。
カーテンを開けると外から丸見えなのだけれど、田舎の夜中にそんなことを気にしている場合ではなかったのだ。
それでも暑く、今度は私がリビングルーム側の仕切りになっているカーテンを開けた。

眠れなくても朝は来るのだよね。。。

本日の予定は、占い師の家に行って戻ってから、それからトリニダッドへ行く。
最初はトリニダッドは日帰りで、もう一泊この家に泊めてもらうとか言っていたけれど、
さすがにベルも心の中で “エアコンのあるところで寝たい!”と強く希望していたよう。
昨夜はもう一泊と言う案に同意していたのに、一夜あけると「あっちの方が車が見つけやすいから」と、トリニダッドに一泊したいと言う私の案に大賛成となっていた。

やっぱり都会に住みなれてしまうと、蛇口をひねれば水やお湯が出るシャワーとエアコンが必需品となってしまうものなのね。

さて、占い師の家に出発。
もう一人のクバニータが「今日行くところは、昨日のママの家より凄いわよ!」と言う。
どうすごいのか、私にはもう想像ができなかった。

例の馬車でひたすら走る。
またまたお馬は鞭でビシビシ叩かれて・・・(同情)

しばらく道路を走っていたけれど、途中から原っぱのあぜ道のような中に入って行った。
本当の本当に、何にもない!

    DSC00308.jpg

緑の生い茂った中、土の見えている部分が通り道という状況。
しかも時々大穴があいていて、
馬車が転倒してしまう可能性があるので、大穴の度に馬車を降りて前進。

馬車も通れないところまで行くと、今度は歩いて前進。
まだまだ到着できないらしかった。

大きな牛の糞を踏まないように気をつけながら一列になって歩く・・・

クバノ兄が聞いた。
「もしYumiの愛した人が、実はここに住んでいたらどうする?」

まー、月並みないじわる質問だわねー

「すぐさま、なかったことにするわ」

そう答えると、彼らは爆笑していた。

「だってそうじゃない?最初のうちは愛が強くて何でも受け入れられても、生きてきた環境がここまで違ったらうまくいくはずがないじゃない? 少なくとも、私は都会派だし。」

そんな説明をすると、兄妹同時に大きくうなずいた。

占い師さんの家に到着。 一応電気は通っているけれど、水道はなさそう。
多種多様の家畜がその辺で自由にしている。

クバノ兄は占いなどには興味はないらしく、見てもらいたい希望者は4人であった。
4人分で、たっぷり3時間はかかってしまった。

この占い師はすごく当たるらしく・・・
当たると言うより、「こうなりそうだから、こうしなさい」というアドバイスをくれると言うやり方なのだとか。

そのうちアップする予定ですが、実は私もHabanaのお家で精霊を呼ばれました。
(私が望んだわけではないけれど)

キューバ人は信心深い人が多いようですね。

     Fortune teller
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田舎の時間

2009年07月19日
Manicaragua
クバノAのお母さんのお家・・・何にもなーい!

あるのは野生で生えてしまっていると言うバナナの木とマンゴーの木・・・実が鈴なりになっていた。マンゴーに関しては、食べた人が種をその辺に投げ捨てるので自然に木が生えてくるのだと言う。
マンゴーが主食だったら楽な人生だろうに。

お母さんの家にはわんさと人が集まってきて、紹介されても覚えきれない。
豚を料理中と言う事だったので、家の外にある厨房らしき小屋に覗きに行ったのだけれど、煙がすごくてゆっくり見ていることもできなかった。
昼食、夕食ともにここで頂くことになったのだけれど、田舎の正統派キューバ料理はきつかった。
それはそれでおいしかったのだけれど・・・胃にずしんと来るのだ。

私達が到着してから皆で飲みまくりで、しばらくは一緒に楽しむことができたのだけれど、
珍しがられすぎて、疲れがこみ上げてしまった。
おまけに田舎の日差しは恐ろしく強くて、首のあたりからアレルギーが発生してきてしまった。
痒いわ、痛いわ!

私らは裏庭の川に行って時間をつぶしたりしたけれど、やはり暇を持て余した。
田舎の人の社交では、ひたすら飲んで話して・・・が普通のようだったけれど、クバノAが「こうしていても仕方ないから」と、友達の車で山の方に行こうと提案してきた。

この友達の車と言うのが、Habanaでお休みしているベルのスーパーカーを更に強力にボロくしたようなもので、山道のドライブは大変なことになった。
この車で7人の大人はいくらなんでも無謀だと思うのだけれど、田舎のドライバーは気にしないよう。

少し登りが続くと、ゴゴゴゴゴ――と音を立ててエンスト。
しばらく歩く・・・
又乗る。
又上り坂でエンスト、歩く。

これを繰り返して到着した場所がダムだった。
   ダム
               標識

大変な道のりだったけれど、この風景と木陰の涼しい風で、少し疲れが癒されたような感じがした。

              ダム

4人が服のままダムに飛び込み、私を含む3人は木陰に座ってリラックス
               


               山道
                なんにもない通り道、ここはフラットな場所

           熱い
           冗談ではなく、熱すぎるのでこのような格好に・・・
           ビーチ用のパレオは、どこに行っても役に立った


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ちょっと余談 “RONの話”

2009年07月19日
キューバへ行ったらラムを買って帰る。
ラム好きの友人に約束したので、4銘柄(4本)のラムを仕入れてきた。

そして土曜日の昨夜、友人とやはりラム好きのご主人と、キューバ人のミュージシャンを呼んで、La Ruedaでラムを開けることとなった。
もちろんLa Ruedaのオーナーには許可を頂いて。

昨夜開けたのは、CANEYというラムとHabana Clubの7年もの。
最初にCANEYを開けたのだけれど、これは本当にマイルドでおいしかった。

キューバ人が来るまで、特にお酒に疎い私は知らなかったのだけれど、
私の買ってきたCANEYはAnejo(アニェホ)というもので、キューバ人でさえ「CANEYのAnejoは初めてのんだよ」というような代物だったらしい。
どうりでおいしいはずだよね。


ご招待したわけではないけれど、たまたま居合わせたスペイン人と、日本から来たと言う日本人女性とペルー人のカップル、閉店してからだいぶ経って「だれかスペイン語話せますか?」と迷い込んできたドミニカンの男性も交え、店閉店後のプライベートなラムパーティーで盛り上がりました。
ラムがこんなにおいしいものだとは思わなかった。

おいしいラムは、人を幸せにする?!

ビール以外のお酒をほとんど飲まない私は、「次の日が怖いな~」 と心配していたけれど、
テキーラ同様にいいお酒は悪酔いはしないものなのね。
オンザロックで結構飲んだのに、翌日の目覚めはスッキリ!
午前3時半くらいに就寝したのに、9時にはすっきりと目覚めてしまいました。(お腹が空いて)

その他の2本は、「GIAUABOTA DEL PINAR」と 「VARADERO 7 ANOS」
「GIAUABOTA DEL PINAR」は何かの実が一つ入っている。
聞くところによるとこれは甘めのラムで、キューバ人には人気が高いそうです。
お世話になったママがピニャーレスの出身なので、「ぜひ娘にも飲ませてあげて」と言われており、兄妹にも「私達が帰ったらパーティーをするから、その時まであけちゃだめよ」と言われているため、味見ができるのはまだ先になりそう。

それにしても、兄妹よ ・・・君達が買って帰ってくればよいではないか。

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MANICARAGUA

2009年07月19日
「Yumiがいるからガスステーションに寄れなかったよ。どこにでもポリスがいるんだから」
そんな事を言われつつ、何とかクバノAの実家に到着。
私のせいなのか?

でももう着いてしまったので、過ぎた事は忘れる。

到着した先は「田舎」と言う言葉がぴったりの、本当に田舎だった。

   田舎

到着してからまず、ベルが到着の報告をするために家に電話をするからと、電話屋さんへ向かった。
各家庭に電話なんかないのだ。

それから買いだし。
この街の主要な交通は“馬車”
彼の親戚が馬車使いをしているといういことで、その馬車に乗ってかなり遠くにある店まで買い出しに出かけた。
商店街らしき場所は近くにあるのだけれど、トイレットペーパーとガス入りではない普通の水が品切れで手に入らないと言う事で、わざわざ遠くまで行くことになったらしいのだ。

        DSC00235.jpg

  街のたばこ工場
   途中で見かけたたばこ工場。色がきれいだった。

店に着いて買い込んだのは、大量のビール、コーラ、トイレットペーパー、水・・・ またまた私には、今後の予定は全く分からなかった。

大量に買い込んだ飲み物は、実はお母さんの住む家でパーティーをするためのものだった。
一旦お父さんの家に戻って少しのものを置いて、再度馬車に乗って出かけた。
その時点では、私にはどこに行くのかも知らされていなかったんですよ・・・(いつも通り)

お母さんの家までは馬車で田舎町をひた走る。
山道、上り坂も沢山あって、
バリョーッ!! という掛け声と同時に鞭がピシッ!
あーっ・・・馬がかわいそう!

途中で彼のおばさんだと言う、私の倍はあるであろう大きさの女性を拾って、乗客だけで大人7人。
田舎で働く馬は本当に大変だと馬に同情せざるを得なかった。

   田舎2
           田舎3
                   田舎4

到着した場所は・・・緑以外本当に何もないところ。
水道もなかった。
いかにも田舎と言う感じで、親戚やら近所(相当遠いが)の人やら、ぞくぞくと人が登場してきて、“たぶんManicaragua初の日本人” と言われた私は、恐ろしいくらい珍しがられたのであった。

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地方へ

2009年07月19日
月曜日の夜になってようやく、火曜日からの地方旅行の予定について連絡をもらった。
本当に、何事も寸前にならなければ分からない旅である。

「明日の朝、7時にバスターミナルに集合ね。タクシーは息子に呼んでもらうよう頼むから」
まるで息子は私のマネージャーのようになっている・・・ごめんね!


そして火曜日の朝、6時に起床。
外はまだ真っ暗だ。
身支度をして6時半ごろになった頃、申し訳ないけれど息子を起こした。

息子がタクシー会社に電話をするも、何度電話しても録音が流れるだけでつながらない。

6時40分頃日の出、あたりがうっすらと明るくなって来た。
50分頃になってもタクシー会社に連絡がつかなかったので、近くの大通りまで出てタクシーを捕まえることにした。
それでもなかなか空車は通らず、7時ぎりぎりになって何とかタクシーを捕まえる事が出来た。

バスターミナルまでは10分もかからなかったので、ちょっとだけ遅刻して到着した。
既に彼らは到着していて、兄が車を探しに行っていた。

車の交渉が済んで戻って来た兄が、「Yumiは外国人だから10CUC上乗せされたよ」と言った。
まぁ、私にとっては10CUCはそんなに大きな差額じゃないし・・・

とにかく車に乗り込んで、地方へと出発することになった。

やっぱり私、事情がわかっていなかったのね・・・
車が走り出してから、「Yumi、警察がいたら隠れるのよ」

    「へっ?!」

なんだ?なんだ?なんだ???

説明を聞くと、これは正規のタクシーじゃないから外国人の利用はできないとのこと。

・・・何で今頃?

たぶん彼らも、私がここまで疎いとは思っていないのだと思った。

彼らは出来るだけ節約をしたいと思っていて、私にもお金をかけさせないようがんばっているのだろうけれど、私は別に、初めての旅行でたった10日間、今度いつ来れるかわからない場所でビンボー旅行などは望んではいないのだけれど。。。

まあ、もう決まってしまって車も発車してしまった。
成行きに任せるしかないのだ。
一応サングラスをかけて、髪の毛を下ろして、到着まで寝ることにした。

ちなみに料金は、サンタクララから3kmほどのところにある、Manicaraguaという田舎町まで70CUCでした。

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Barria Cina

2009年07月19日
月曜日の朝
今日はママと息子と一緒にBarria Cina(中華街)へ行くことになっている。
息子が学校から帰って来たら出かけようという話だったけれど、それが一体何時なのか不明。

出発は、結局夕方だった。
しかしキューバの夕刻と言うのはまだまだ明るくて、時間的には夕方でも、外の明るさは“午後”という印象。
息子の方はお腹が空いていたらしく、ちゃっちゃと仕度を済ませていたけれど、ママの方は久しぶりの外出なのか? お化粧をしたりドレスアップしたりして、時間をかけて念入りに外出仕度をしていた。

息子は昼御飯も食べないらしいので、朝ごはんを食べなければ夕方まで何も食べないていないことになる。

呼んでいたタクシーが到着したので、いざ中華街へ。
事前に「キューバの中華は中華じゃないから」と友達の兄妹から聞いていた。
何がどう中華じゃないのか、その辺が興味深いところであった。
何事も、「百聞一見にしかず」でしょう。

ママが指定したレストランは、「?」
内装は中華っぽいけれど、ウエイターの服装はどう見てもイタリアンか何か・・・
メニューはすべてスペイン語なので理解不能なので、ママが英語のできるウエイターを呼んでくれた。

まず、Sofa Cina(中華スープらしい)をオーダー。
そして野菜不足解消に「野菜が食べたい」と言うと、鶏とエビの入った野菜炒めを勧められたので、それをオーダー。

・・・出てきたものは・・・
春雨入りの、何料理とも不明な淡白なクリアースープ(鍋物のスープみたいな感じ)と、ボールいっぱい山となった、これまた煮込みだかなんだか? 鶏肉、野菜、サーモンとエビが入った、やっぱり鍋物の具のようなもの。
どう見ても3~4人前は入っていた。

    てんこもり
食べられるけれど、おいしいものではなかった。

ママと息子はカツレツのようなものをオーダーしていたが、これも草鞋のようなバカでかいカツレツが2つも出てきた。
もう少し量を減らして安くすればいいのに・・・と言いながら、それぞれ半分以上をプラスチックボックスに入れてお持ち帰り。

食事の後は・・・ママは食事の目的だけに出て来たのか?足が悪いからと、タクシーに乗って帰ってしまった。息子は私の街歩きに付き合ってくれた。

中華街と言うので中国系のキューバ人がいるものと思っていたら、実際は1人も見かけなかった。
レストランは中華街の外にあったらしく(ますます、何故このレストランを選んだのか疑問)、そこから少し歩いたところに小さな中華レストラン街があり、そのまた少し先に中華街の門があった。

       Barria Cina

正直、麺が食べたかったんだけれど先のレストランのメニューにはなく、ここにきて「広東」という小さな店を目の当たりにして、ちょっと残念だった。

Capitolio前の公園で太極拳をするグループを見たけれど、そのグループにも中国系は見当たらず。
何をもって「中華街なのか?」と疑問を残したまま、Capitolio~Gran Teatroの外観見物をしながら少し歩き、帰宅することになった。
Gran Teatroを少し過ぎたあたりのホテルの1階にカフェがあり、ミュージシャンが音楽を演奏していた。あー、いいなぁ~この雰囲気・・・

帰宅しようとタクシーを探しているも、時間的に難しいのか? 異常なくらいたくさんのパトロールカーは目の前を通り過ぎていけど、空いているタクシーはまったく通らず。
結局、一台のココタクシーに乗ることに決めた。

ココタクシーはバンコクのトクトクのような三輪自動車で、不安定な感じがちょっと怖い。
しかもこの不安定な乗り物が坂を上がったり下りたりするので、おのずと体に力が入ってしまった。

帰宅の途中に何故か何もないところで一時下車・・・
パパに「CDが買いたい」と言ったのでパパが息子に頼んでくれたようで、私をCDの売っているところへ連れて行ってくれたのであった。店と言う感じではなく、あくまで一般のお家の玄関先。
CDはもちろんコピーで、ここではそれが一般的なのだそうだ。

閉店をするところですでに商品は箱にしまってしまったようだけれど、売ってくれるというので大急ぎで思いついた名前を言ってみた。
バンバンの新譜、Banboleo、サルサミックス3枚を購入、5CUCでお釣りとして40いくらかのペソをもらった。

買いものを終えて、待っていてくれたココタクシーに再度乗り込んで、帰宅。

外出時間はわずか3~4時間で、その後は自宅にこもることになった1日でした。
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サルサ at 1830

2009年07月18日
日曜日。
お姉さんのパパが私に会いに家にやって来た。
キューバでは一般的な事であるけれど、この家でもママとパパはずいぶん昔に他人になっていた。
けれどキューバでは、離婚した相手やその新しい家族とも普通に、友人のように接しているのが普通なのだとか。

パパと再会して、いろんな事を話した。
するとパパが、「もう踊りにはいったのかい?」と聞くので、昨夜出かけたけれど、サルサはあまり踊れなかったことを話すと・・・

「友達で、サルサのインストラクターとして有名な人がいるんだけれど、彼に電話をしてサルサクラブについて聞いたんだ。そうしたら、すぐそこの1830がすごくいいと言っていたよ」

そう!りえ侍のサイトや、私の友人たちも「サルサを踊るならあそこはいい」と言っていた。
私は最初から「1830に行きたい」と言っていたのに、何故か友達は行こうとしないのだ。

パパにその事を話すと、
「あそこは夕方の6時からやっているから、Yumiが一人で行っても大丈夫だよ。バスならここから2ストップだし、2ペソで行ける。ほら、4ペソをあげるから」と、キューバンペソのコインをくれた。

やっとキューバに来たのに、まだ一度も踊りで満足はしていない。
なんたることだ?!
やっぱり踊りに行かなきゃ!

私は今夜一人で踊りに行くことを決めた。

夕方から雨が降り始めたけれど、6時ごろにはすでに止んで太陽も出ていた。
ママが、「あそこは歩いても行けるんだから、歩いて行きなさい!9時ごろには帰るのよ。明るい大通りを歩いて帰って来なさい。」と言う。
6時ごろ、わずかなお金とティッシュペーパーをパンツのポケットに入れて、歩いてクラブに出かけた。

1830はVedado地区の、マレコンのはずれにある。
またもや勝手がわからなかったけれど、
入口にいたセキュリティーらしき人と目があったので、「Salsa?」と聞いてみたら「Si」と返ってきたので、またまた流されるように人の後について中に入ってみた。

ここは旅行者が多いようで、かなり英語が通じる。
私が中に入ったのは6時40分くらい、座って待っていると7時くらいから音楽が鳴り出し、
そのうちぽつぽつと何人かの人が踊り出した。

結果から言うと、サルサ好きにはたまらない場所である。
野外なので、その暑さで汗だくになり、手が滑ってしまうというアクシデントもあるけれど、
常連と思われるクバノスはみんな本当にうまい。

偶然ルエダに参加することもできて、本当に驚きと楽しさ爆裂である。


それにしても・・・
事前に聞いていた通り、本当に女性はほとんどが外国人である。
若くておとなし気なクバノスが2人で座っていた。
なんとなく常連とは違う雰囲気の2人で、後で彼らがどういう人たちなのか分かった。
バンコクでもよくあることだけれど、外国人の女性のパートナーを探していたんだね。

フリーダンス、ルエダ、パフォーマンス、コンバルサ・・・ かなり充実していると思う。

金、土、日しかやっていないようで、エントランスは金、土は5CUC、日曜日は3CUC
ドリンクは込みではないけれど、水は1CUC、ビールは2CUCだった。

お母さんとの約束で9時過ぎにはその場を後にしたけれど、またゆっくり遊びに来るつもりだった。

残念ながら2度目はなかったけれど。
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クラブ

2009年07月18日
一人歩きの日、夜は何もないと思っていた。
既に家にいる時間も結構あって、家にこもるのも悪くない事がわかってきていた。
だってキューバにいるから・・・TV番組が興味深い。

さすがにキューバだけあって、普通にサルサ番組があったり、ルエダの番組があったり。
音楽番組に至っては、
「あーっ、ハイラとチャランガがTVで共演してるっ!!」 なんてことも普通にあり、家にこもってもそれなりに楽しめるのだ。


それでも、私を踊りに連れて行ってあげたいという友達の気持ちで、
晩は踊りに出かけることになった。
指定された場所は “Cocodolio” という、キューバ人御用達のクラブ。
ベルが電話で息子に、私のためにタクシーを拾うようお願いしてくれたようだったので、私は行き先の所在地もわからぬままタクシーに乗って出かけた。

そのクラブは目と鼻の先、場所が分かっていれば十分歩いて行ける距離だった。
しかしながら、ちゃんとしたタクシーだったにも関わらず、ドライバーにぼったくられた。
5CUCだと言われ・・・
<Habana Viejaから4CUCなのに、何でこの距離が5CUCなんじゃい?!>と心の中で思うも、とりあえず財布の中身を見てみた。
すると3CUCと10CUCの紙幣しかなかった。
10CUCではお釣りがないと言う。それではと3CUCを見せると「5CUCだよ、5!」とムカつく態度であった。
ならばと、コインを全部出して見せた。コインを全部集めてみると、5CUCには25センターボ足りないだけであった。
ドライバーは「仕方ないな。それでいいよ」とますますムカつく態度である。

ぼったくられているのは明確ではあったものの、「じゃあ、相場はいくらなんだ?」ということが分からず、また、見知らぬ土地の夜の時間であったので、反抗できなかったのが悔しい。
 
店の前で友達の到着を待つ。。。
「今すぐ家を出てね」と言われて、15分以内に出てきたものの、待てど暮らせど彼女達が来ない。
店の前に座って人々を観察。
このクラブに来るキューバ人達は車で来る人がほとんどで、おまけに爆音でレゲトンをかけている。

1時間も待ったあたりで友達が到着。
車で出ようと思ったらまたエンジンがかからず、代わりの車を探すのに時間がかかってしまったらしいのだ。

「このクラブはレゲトンがメインみたいだよ。みんな車でガンガンレゲトンを流してるもん」
客のファッションを見てもそのようにしか取れない。サルサを踊りそうには見えなかった。

クバノ兄が「本当か?」と私にしつこく聞くので、「地元なんだから自分で聞いて来たら?」と提案すると、兄の聞き込み結果では、12時までショーがあって、その後バラエティージャンルの音楽がかかるとの事であった。

ショーと言うのは、お笑いのステージだった。
客は爆笑の連続ではあったけれど、残念ながら私には全く分からず・・・
兄が通訳をしてくれたけど、お国が違うと笑いの質がかわるからか?
あまりおもしろいと思わなかった。

ダンスタイムになっても、やっぱりと言わんばかり、メインはレゲトン
後半はサルサも結構かかったけれど、最初のレゲトンの連続で私はすでに疲れてしまっていた。
あの、ボンボンボンというリズムが、実は「嫌い」なのであることが最近判明した。

それでも途中、いきなり「YMCA」や「ロックンロール」がかかって、それはそれなりに盛り上がったけれど。

事前情報で「キューバ人の行くクラブにサルサは少ない」と聞いていたけれど、
本当だった。

このクラブはVedadoにある。
ドリンク1杯(ビールなら1缶)付で、5CUC →この金額が一般的なクラブ料金のようである。

店は3時でしっかり閉店。まるで客を追い出すように・・・
ベルとその親友が酔っ払い・・・
結果として、またまた夜のマレコンにラムのボトル持参で座り込み。

「私達、タクシーはないし家に帰れないわぁ~!どうしましょぉ~?」
言葉にはしていたけれど、酔っ払いにはそんなことを真剣に心配する様子はない。

それほど酔ってはいない兄の提案で、とりあえずホテルの前なら車がいるはずだと、至近のホテルCohibaまで歩いてみた。
タクシーはいるにはいるけど、正規のタクシーは高くて利用できないらしい。
結局、個人の車と交渉をして帰宅の路に至った。
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不思議なもの

2009年07月18日
   トイレ?

マレコンのブロックごとに、トイレらしきものがあった。
このトイレ、すべてがかなり斜めになっており、ちょっと押したら横転しそうな状態だった。
すべてが・・・

どうやって使うのかしら?
使えるのかしら?
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一人歩き

2009年07月18日
車が壊れた・・・本日車の修理をするということで、予定はすべてキャンセルになってしまった。
旅の疲れもあって、昼くらいまでのんびりお家で過ごしていた。

しかし、せっかくのキューバである。
街を歩かないでどうするか?!

12時半を過ぎたころ、一人で街を散策することに決めた。

木陰を歩けば心地よい風が気持ちをリラックスさせてくれるけれど、
木陰ばかりではないので、歩くほどに汗が噴き出てくる。

地図も持たずにふらふらと、わずかに記憶にある地形を頼りに歩いていた。

まず向かった先は、家から一番近くにあるであろう名所 “Nacional de Cuba”
テラスに座ってみるのもいいかな?と思ったけれど、まだ休憩をするのは早いと思ったので、
ホテルの庭先からの風景を見学して終わり。

        DSC00160.jpg

その後更に歩くと、有名なアイスクリームショップ「COPPELIA」の看板が目に入って来た。
これはりえ侍のサイトで見たぞ・・・
別に、特にアイスクリームが食べたいというわけではなかったけれど、休憩がてら中に入ってみた。

勝手がわからない・・・

人が並んでいたので、とにかく並んでみる。
並んでいると(当然だけれど)順番が回って来たようで、2階にいるウエイターらしき人が何かを叫んでいた。
訳がわからずにいると、後ろにいた男性2人組の1人がスペイン語で、上に行こうと言う。
言われるがままについて行くと、彼らのテーブルに一緒に座りなさいと言う。

一緒のテーブルに着いてから、「英語は話せますか?」と聞いてみいると「NO」と言われた。

ウエイトレスがオーダーを取りに来たらしいけれど。。。ウエイトレス、男性2人が私の方を見る・・・
私はきょろきょろして、すかさず隣のテーブルの上にあるアイスクリームサンデーらしきものを指さしてみたら、男性が私の分をオーダーしてくれた。

そこでふと思い出した・・・やばい・・・ここはキューバンペソだった気がする。
そのうちキューバンペソも手に入れようと思ってはいたけれど、実際にはまだ持っていない!

まー、既にオーダーもしてしまったし、それでもなんとかなるだろうとずうずうしく成行きに任せてみた。
案の定、支払いの時にキューバンペソじゃなければだめだと言われてしまい、
ゼスチャーで「キューバンペソはありません」と言わんばかりに、財布からCUCの小銭を出して見せてみた。

するとウエイトレスは、“仕方ないわねー”と言いたげに、コインの中の一番小さい25センターボを取って、解決となった。
その後男性2人は、2人で3つ頼んだサンデーのうちの1つを指さして、「少し食べない?」と誘ってくれたけれど、私は“お腹がいっぱいだから”とジェスチャーでこたえて、お礼とさよならを言ってからテーブルを後にした。

アイスクリームの味は、正直なところ既に舌の肥えている外国人にとっては特別なものではないという印象だったけれど、見知らぬ人達に親切にしてもらったという貴重な思い出ができた。

その後の私は、またまたふらふらと街歩き・・・

実は、目的地は昨日行った“HABANA VIEJA”なのである。
歩いて行くにはかなり距離があるのだけれど、暇だし、友達と一緒でかけ足の街歩きしかできなかったし、もっと生活の臭いのする街も見てみたかったから。

観光地化していない旧市街は想像以上に老朽化していた。
それでもそんな建物にはちゃんと人々が住んでいて、そんな一般の家から私の好きなキューバの音楽が爆音で流れて来るのも感動だった。

どれくらい歩いただろう?
木陰の風が涼しくてもキューバの日差しは恐ろしく強くて、日焼け止めをたっぷり塗って来たはずの肩や腕がひりひりしてきた。

本当は、HABANA VIEJAで改めて休憩をしたいと思ったのだけれど、
土曜日だからか?時間的にか? カフェの椅子はどこも一杯だったのであきらめた。

DSC00173.jpg

              Cuba!



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真夜中のオリエンテーション

2009年07月16日
Santa Maria から戻り、「じゃあ、今夜ね」と彼らとは一旦お別れ。
海に使ったそのままの状態なので、それぞれシャワーを浴びて、夕食を取ってから夜の街に出かけようと言う事になったわけですが・・・

何事も、キューバ式


夜の10時を回った頃、彼女から電話があった。
「私は疲れたから出かけないわ。でもブラザー達は出かけるみたいだから、待っていてね」

はい。
言われた通りに待ちました。

彼らが私を迎えに来たのはすでに午後12時に近く。
しかも、「友達に聞いたら、こんな遅くに行って面白いところはなさそうだよ」と言う。

   誰のせいで『こんな遅く』になったんじゃ・・・


何も説明がなされないまま、住宅街の道路の分離帯にある公園のようなところに着いた。
そうしたら、そこに以前バンコクに住んでいたクバニータがいるではないか!
またもや「再会」

結局待ち合わせたメンバーは7人となり、
あーだのこーだの言った挙句に目指した先は・・・マレコン・・・(また)

またまたのマレコンの近くにある、テント張りのバーに行くことになってしまった。

どうやら話し合いの結果、
「今の時間、どこへ行っても人が多いから、もう少し時間が経ってから適当なところに行こう」ということになったようなのだ。


        しかーし!

やっぱりキューバ式・・・予定なんかに期待してはいけないのですねっ?!



そろそろ行こうか?と車のところまで行って、車のエンジンがかかるのを待っていたら・・・

    ???   かからない・・・

最初はふざけているのかと思っていたのだけれど、
しばらくすると彼が十二分に真剣だったって事がわかった。

          結果 ↓


          car

                    car1

夜のHabanaでひたすら車を押す!押す!押すっ!!
だんだんおかしくなってきて、皆で大笑いしながらの車押しとなって、写真の撮り合いになってしまった。

いくら押してもエンジンがかからず、
近くにいたクバノが助っ人に来てくれて、事情を話すと仲間を連れて来てくれた。
彼らは車には特に詳しいらしく、電気系統がいかれたらしいと教えてくれた。
とにかくの応急処置までしてエンジンがかかるまでにしてくれたので、私達は何とか帰ることができた。

それにしても、キューバの人達は本当に親切だね。
皆助け合うのが普通だっていうこと、たったの数日で十分見せてもらったよ。
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Santa Maria Beach

2009年07月16日
Habana Vieja へ行く前に、HabanaのVadedoにある私の宿泊先に寄りました。

ミュージシャンのお姉さんの実家で、お母さんと息子が2人で済んでいるというお家。
法律上はいけないはずなんだけれど・・・

出発前にお姉さんに聞いた。
「一般のお家なのに、外国人が泊ってもいいの?」

するとお姉さんは 「No Problema!」と笑顔で、ぜひ泊まりなさいと言わんばかりだった。

やはり心配なので、ベルに電話でも聞いてみた。
「こう言ってるんだけど、大丈夫なの?私は別にCasa Paticularに泊まってもいのよ」

するとベルからは
「彼女がいいと言っているんだからいいのよ。それぞれの家庭にはそれぞれのやり方があるんだから、あなたがイヤでなければ気にすることはないのよ」と言われてしまった。

到着したお家は静かな住宅街の中にあり、彼らが大声で名前を呼ぶとお母さんが出てきた。
そして、「待ってたのよ」と言わんばかりに笑顔で歓迎をしてくれました。

荷物を置いて、スーツケース1個分の預かりものを渡し一息・・・もつかぬ間、
ベルが急かすように言った。

「水着に着替えてね! 
ビーチに行くんだから。ここのビーチには着替える場所なんてないんだからね!」

言われるままに水着を身につけて、Habana Viejaへと向かったのでした。

Habana Viejaでランチを取って一息ついてから、じゃあいくわよ!と車をビーチに向けて飛ばした。
私にはビーチの情報なんてこれっぽっちもなかったので、どこへ行くのか全く見当つかず・・・

Habana Viejaから車を飛ばして約20分くらいでしょうか、Santa Mariaというビーチに到着。
ビーチはたくさんの人で混み合っていました。
なるほど、ここへ来るまでにあれだけたくさんのヒッチハイカーがいるはずですね。
人気なんだ・・・

           santa maria

既に夕方になっていたので涼しくなっていた。
しばらく海につかって上がってくると、結構寒さを感じました。

キューバの日没は午後8時を十分に回った頃で、1日が長ーく感じる。

彼らみんなが海に浸かって雑談をしている間、私はわずかな日差しで日焼けを計画。
街の生活では腕以外日に焼ける事はないので、体や足はここに不釣り合いなくらい白いので、
少しでも色の差を減らそうと思って・・・ 

       無駄だったけどね。

                  santa maria2
        「こっちへこーい!」と何度も呼ばれたけれど、Leave me alone!を決め込んだ
         そんなに暑くないから、砂浜で横になるのも気持ちいいんだよ
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やっとの、HABANA VIEJA

2009年07月15日
ふうぅぅぅー

ようやっと、Habana市内へたどり着くことが出来ました。
彼らといると、本当に時間を贅沢に使うんだから・・・

ここは、Habanaの中でも私が一番歩いてみたいと願っていた街でした。
そして行った感想も、思ったとおり♪ 

やっと会えたー!! 感動!

観光産業の中心地だけにリニューアルも進んでいるようですが、にせものじゃぁない。

Old habana1
                     Old habana2

大聖堂のある有名な広場まで歩いていくと、音楽が聞こえました

Old habana3

          興奮!

そう、この風景の中にあの音楽がある・・・ あーっ! これなのよ~♪

勝手に一人で盛り上がり始めていたら、ミュージシャンのボーカルの女性が目に入ってきた


          あ゛ーーーーっ!!

驚いたの何の・・・
以前バンコクにいた人じゃないの。
バンコクのキューバ人社会も狭いけれど、本当に世間は狭いものなのね。

              Old habana4

彼女はダイアナさんといいます。
見かけたらよろしく!(?)

↓ 「米が食べたい!」という私のリクエストから、カフェでキューバ料理ランチ
Lunch
サラダと飲み物、デザートがついて7CUCでした。 お味も満足しました。


ちなみに・・・
Habana Viejaの普通の居住エリアはこんなです。
old habana5  old habana6
この最上階はキューバ人向けの貸し部屋なのだそうです。
キューバ式に、4階にいる友人の名前を大声で叫び、呼び出す・・・
「キューバでは呼び鈴なんて要らないんだよ」だそうです。
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紫色の神様

2009年07月15日
やっとHabana! ・・・と思いきや、またまた寄り道
彼女らの家から更に田舎に行ったような町へ連れて行かれているようです。

向かった先は、クバノAが信仰厚くする「紫色の神様」のいらっしゃる教会でした。

何故紫色なのかわからないけれど、一目見れば 「あ、紫ですね」と口から出るような紫尽くめ

  教会

          神様

この神様の前でろうそくに火を灯し、お願い事をするのだそうです。
この神様の影響で、クバノAのバンコクのお部屋には紫色が一杯なのだとか

あかり

教会の裏庭に清水の湧き出る(本当?)岩があり、その聖なる水を頭や体にかけると良いと言う。
彼らの真似をして私もやってみたら、クバノ兄が

「Yumi!仏教徒じゃないのかぁ?!」と驚いたように聞くので
「うちらは仏陀もあれば神もいるのよ、ほほほ」 と言ってみた。

本当は、どちらでも。 自分に良くしてくれる方に「一票!」派なのであります。

ちなみに、この兄は神様も信じないそうです。
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郊外の朝

2009年07月15日
前夜、酔っ払って疲れて帰ってきて、用意してもらったベッドにバタリと倒れて、そのまま・・・
窓ガラスのない窓から朝のひんやりした風が入ってきて、
部屋の外からおばあさんとクバノA、お父さんの声が聞こえてきて、

急に がばっ! と目が覚めた。

そうだ・・・私はキューバにいるんだ・・・


パパがキューバ式コーヒーを入れてくれて、私の横ではクバノAが熟したマンゴーをほうばっていた。
平らな屋根にあがってみると、のどかな田舎の風景が広がっていて、
グアバの木に隠れて熟していたグアバの実を2つ見つけた。
パパがとってくれたので、私はグアバを戴いた。

バンコクでもマンゴーやグアバは豊富にあるけれど、キューバでは熟した実しか食べないみたいです。

外に出ると、ごみ集めならぬ・・・路上の馬糞掃除の男性が働いていて、
自転車に乗った初老の男性が「パーン」と叫びながら向かってきた。

「日本でもパンは“パン”って言うのよ」とパパとクバノAに説明するとうれしそうに驚いていた。

寝坊助の兄妹が起きて仕度を終えるのを待って出発。
特にこのクバノ兄は、本当に身支度に時間がかかるので、私たちはまたまた十二分に待たされました。

Habanaに向かうのにパパも車に乗ってきたので不思議に思っていると、
パパは近所の市場に買出しに行くだけでした。

「ほら、Yumiもキューバの市場を見ておいで!」
ベルに促されて、興味深々で市場の中へ

市場で売られているのは調理用の異常に大きなバナナやフルーツ、野菜、豆、米、意外なところでは“もやし”・・・ 肉類もあったけれど、それほど多くはなかった。
Market

                 とっても大きなアボガド
                アボガド

パパはいくらかのバナナを買っていた。
パパを家に送り届けてから、ようやくHabanaへ出発となりましたが、

両替! 両替しなきゃ!

重要なことを思い出した。
Habanaへ向かう途中に住む妊婦の友人の家の前に両替所があるからと、そこに寄ることになったのですが、私としては<何でわざわざそこへ行くんだろう?>と不思議でした。

両替所はいつも混んでいるらしく、長い列が出来ている(処理する人も仕事がのんびりだしね)
そこで妊婦さんの登場ということらしいのです。

キューバでは、こういう場所では優先順位があって、老人や妊婦さんは最優先されるとのこと
彼女が両替のお手伝いを買って出てくれたのだけれど、並んでいる人達に申し訳ない気がした。

「キューバでは当たり前なんだよ」 だそうです(^^;
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