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だまし技

2010年01月31日
マンボ、そして遅くて重ーい感じのサルサの連続の最近では、踊る意欲と言うものがほとんど湧かない。
古い映画だけれど、まるで「Big Wave」のように、波を待つサーファーのように腐っていく・・・というところまではサルサに熱中していないので、飲みに走ってしまうという程度ですが、サルサを踊らない週末が増えつつある。

遺伝と診断されている体質により「アルコール摂取は控えた方がいい」という忠告を出されているが、それでも飲まなきゃ楽しくない。

昨夜に関しては、久しぶりにNYから来たアジア系男性に「Welcome back」ということで1曲お誘いし、その後「テンポOK」という曲で2人と踊り、1曲は「相手がいないけどいい曲だから」と同じように相手のいない事を悔やむポムと女同士で1曲・・・計4曲。
わざわざ踊りに行ってこれだったら、行かないだろうなと言うような結果だと思う。


踊りたいと思って踊ったうちの1人は、サルサ遊牧民のようなフランス人。
本当に「何をやっている人なのだろう??」と疑問に思ってしまうほど、サルサのためにアジアの国をあっちこっち移動していて、かと言ってサルサは単なる趣味であり、教えているわけでもない。
彼はすごくうまいけれど、2年くらい前まで踊っていても踊りづらかったので、あまり踊る事はなかった。
それが何箇所か遊牧して戻って来たある日、酔っぱらっておかしくなっているところを誘われ、1度踊ってから以降、1晩に1曲は踊るようになった。
それは彼のスタイルが変わったからなのだろうと思う。

もともとLAベースのフランススタイル(と私は呼んでいるが、本当に自分に合わないスタイルなのだ)だったけれど、修行の旅(?)から戻った際に、彼はキューバンのルエダも少し習得してきたようだった。
だからなのか体が以前よりずっと柔軟化していて(私にとって不都合な方向に力が入らない)踊りやすくなっていた。

ある程度速い曲でもリズムを崩さず踊れるレベルで、「遊び」の出来る男性がお相手だと楽しく踊れる。
もともと私の踊り方というのはかっこよく踊りたい人のお相手にはならないし。
その彼とタイ人インストラクターの1人はそんな私の踊り方をよくわかっているように思う。
その理由は「だまし技」というのを入れて来るから。

何年も同じメンバーの中で踊っていると、それぞれの踊るパターンを体で覚えてしまうもの。
だから「この次はこう」っていうパターンが分かってしまう。
私にそれが分かっている事を理解しているから、“次にこう行くぞ”と見せかけておいて、サッっと技を変えてしまうのだ。その機転が利くって言うことは余裕があるからだと思う。

いずれにしても、かっこよく踊りたいという男性には私は応えられないし、私を知っているそういう人は誘ってこないから上手く出来ていると思う。
踊りたくても踊る相手がいないと損をしているようにも思えるけれど、損はしていないんじゃないかな。


ところで・・・余談
ラムと言うお酒は本当に不思議な水である。
昨夜の営業時間はビールを飲んでいた。
営業時間後のプライベートな宴会用には、お約束通りハバナクラブの7年物が用意されていた。
待ち切れず閉店前から飲み始め、7年物なので当然オンザロックで頂く。
酔わない、けれど急に楽しくなる。
誰にでも、異常なくらいフレンドリーになってしまう。
それに気づいて、「キューバ人が皆あんなに人見知りがないのは、ラムを飲んでいるからかしら?」などと、頭だけ楽しく酔い始めていた私はそんな事を思ってしまった。

・・・実際は、外国にいるキューバ人って人見知りの人が多い気がするけれど
(恐らく、慣れるまで言葉の問題があるからだと思うんだけれど)


苦しくも女同士で踊ってしまった曲・・・素敵な男性と踊りたかったってヤツ
「明日の事はわからない」ってことでしょうかね。


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ピアノは絶対

2010年01月24日
昨夜のLa Ruedaは何が起きたのか?
人、人、人で居場所の確保も困難なくらい・・・
常連の誕生日でもあったけれど、それだけではなくてビジターもワンサと来店していた。

そんな中、最近恒例となった閉店後のプライベートパーティー
店の客が2時まで引かなかったので、
そのちょっと前からつまみのピーナッツなどをひそかに開けて始めてしまった。
キューバ人のパパは特にピーナッツが好きなようなので、ピーナツは欠かせない。

いつものように話題豊富な…と言っても、バカバカしく楽しくな話題だけれど。

長距離恋愛の彼女の彼はハワイにいるラティーノ
彼は物静かで、口を開くと止まらないけれど、あまり口は開かない方。
それでもパパの事は大好きで、パパだと口が開いて止まらなくなる。

昨夜、パパが彼に電話をした。
そして途中から彼女に代わり、言葉がないだけにモヤモヤが蓄積してた彼女は何やら熱くなりながらも深刻そうな感じだった。

そんな時、事情を知らない、これまた爆発キャラのアメリカーノがパパ達に
「なんかロマンチックな歌を歌ってよ」とリクエストした。
最初は「え、どうする?何にする?」と2人で相談していたけれど、すぐに歌いだした。

さすがにプロのカンタンテ、そして息もぴったりの2人…
その歌の素晴らしさったら、タダで聞いていいのかと思うくらい素晴らしかった。

それでもそこはキューバンキャラのお二人さん
グズグズやっている彼女の方に向かってわざと大声にしてみたり、ちょっといだずらっぽく歌っていた。
そんな事をされるとさすがに、彼女も噴き出し始めて…

「聞こえる?彼らが歌っているの…」と彼に言いながら、笑いをこらえながらこちらに中指を立る(笑)

いやー、うっとり聞き惚れるより大笑いって感じで、やっぱりこうなるか。


ところで、過去のキューバンミュージシャンの話題になった。
とあるグループの話
ダンスはめちゃくちゃ上手いが歌は下手、演奏もどーかなー?という3人組だった。
歌を歌っていた彼女はキャバレーダンサーで、その彼女の元旦那でグループのリーダーは
同じキャバレーでサックスフォーンを演奏してたらしい。

私の記憶では、彼は常にピアノを弾いていた。
お姉さんの説明によると「キューバのミュージシャンの学校では、何の楽器を選ぼうが、必ずピアノのレッスンがあるから、ミュージシャンなら皆ピアノが弾けるのよ」と言う事だった。

ギターでも、パーカッションでも、ピアノと全然違う楽器を選んでもピアノは弾くらしい。
(うまい下手のレベルはあるんだろうけれど)

なるほど。。。
パーカッションやギターの人は常にその楽器が必要なので人前でピアノを弾く事はないけれど、フルートやその他の鳴り物をやっている人はピアノも担当しているな。


そんなこんなでバカルディー1本がなくなりました。
次回は「ハバナクラブで!」ということです。
(キューバ人にはあまりバカルディーは人気がないようです。やっぱりハバナクラブなんですって)

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インターナショナルな「ははは」

2010年01月20日
メッセージ、コメント、メール、etc …

いろんなところで「ははは」とか「ハハハ」とかって、
笑い声をあらわす文字を使っていると思う。

この 「ははは」

英語でも Hahaha だし、スペイン語でも Jajaja だし、
タイ語でも 555 (数字の5はハー)
過去においては広東語も虫という片に下と書いて「はー」を並べるので「ハハハ」です。


動物の鳴き声はお国変われば文字表現が変わるのに対し、これは共通ですね。

なんでもない事なのに、「ほー、なるほど」と思ってしまった小さい事。

ちなみに、「ヘヘヘ」 も 「Hehehe」 「Jejeje」 だよね。


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Cuba大使館のプロモーション

2010年01月18日
バンコクにひっそりとあるキューバ大使館、なんとコンドミニアムの1室であるらしい。
(でも、とっても便利なところですが)
ツーリストカードも自分では取りに行かなかったので、未だ行った事はないのだけれど。


在タイのキューバ大使館が設立されたのは4年くらい前で、
何故かカンボジアより後に設立されている。
設立時の大使は女性。。。あまりよい印象はなかった。
それでもキューバをタイの人に知ってもらおうと、大学のホールを借りてキューバ映画の紹介や音楽の紹介をした。
私も仕事を抜け出して、友達とキューバンバンドを応援に行った。

以来・・・何もなし。


そしてようやっと、2代目の大使が企画を立てているそうです。
本来ならば先週の土曜日と言われていたキューバのプロモーションは今週の金曜日に変更になった。
場所はセニョールピコ、7時半くらいから。

特に何をするとは聞いていないけれど、タイのTVがキューバを知る人間にインタビューするらしい。
私と妹分(既にそうなっているらしい)の2人は、
キューバに行った事がある人間、キューバを愛する人間として招待された。

パーティーがあると言う話も聞いていないし、一般のお客さんも普通に入場可とのこと。

「ちょうどバンコクに来た」という、キューバファンの方は是非のぞいてみては?

100%確定ではない事、あくまでレストランなので食事をする気がある事。。。
付け加えておきます。

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El Che

2010年01月17日
               EL CHE

いつものように、時期をかなりはずしてからやっと観ました。
そもそも他の国と違って、一般娯楽映画でなければ映画館で上映される事はほとんどないタイの映画事情、観たい映画は大概DVDで…となってしまうのです。

英語だと単にPart 1 と Part 2 になるんだろうか?
日本語タイトルでは 「チェ 28歳の革命」「39歳 別れの手紙」となっているようですね。

歴史をベースにした映画なので、最初からストーリーはわかってしまっている。
それでも、当然の事にプロセスは全く知らないわけで、
「一体どんなことが起こっていたのか?」っていうのが映画を見たくなる心理であって、ひたすら同士を集めて戦い続けるというシーンがほとんどであっても、一気に最後まで観てしまうものです。


キューバ革命編のパート1は良かった。
“勝利”というハッピーエンドが分かっていたので、ゆっくり鑑賞する時間を作ってすぐに観てしまった。
しかしパート2を観るまで時間がかかった。
それはラストシーンが彼の死である事が分かっていたので、気分的になんとなく。


最初のシーンを見て驚いた。
「だれ?このおじさん」
あのハンサムなCheが、真ん中ハゲの白髪頭のおじさんと化していて、
カストロが彼のパスポートを見ながら「帽子を取ってみろ」というシーンを見ても、しばらく彼だと気付かなかった。

ボリビアではキューバ人の同士も集まった。
彼らもあの手この手で入国を果たし、田舎のジャングルの奥までやって来た。

しかしキューバの時と違って、相当厳しい状況に置かれていた。
キューバでは農民の多くが彼らに同意をして支援してたのに対し、ボリビアでは農民も敵側(政府軍)についてしまったからではないだろうか。
人数も少なく敵だらけの中で、最初から状況はかなり難しい。
それでも勝利を信じてあのような活動をし通した。
そんな状況を第三者として映画を通して見ているのが、非常に切ないと思った映画で、
あまりにも堂々としたCheの最後が、あまりにも悲しい。

キューバでは、キューバ人であるカストロが先頭に立っていた。
そしてキューバ人が戦っていた。
自分たちの祖国を変えたいと言う思いでその国の人間達が奮い立ち、その中で外国人が1人混ざっていただけ。
同士のキューバ人が彼を受け入れているのだから、問題はないと思えた。

しかしボリビアでは、ボリビア人が奮い立ったわけではなく、
ゲリラ軍の上を閉めるのはボリビア人ではなく、しかも外国人が多く混ざっていた。
ボリビア人は「外国人にだまされているのだ」と思ったのかもしれない。
自分達が変わりたいと思って立ちあがったのとは事情が違っていたんじゃないか?とも思う。
見ている側としては、農民を見ていて「あんた達のためにやっているんじゃないの?」と思ってしまったが、それも余計なお世話なのかもしれないと、気持ちは勝手に歴史に参加してしまっていた。

単に「英雄」という言葉だけであれば興味はなかったと思う。
キューバの民となって戦ったという、ぼんやりとした知識で少しは興味を持っていたけれど、
映画を観てから、彼が本当に素晴らしい人間だったのだと言う事を理解した。

社会主義、共産主義… 
いい部分もたくさんあるけれど、最終的には国を動かす人の意識に平等性が欠けているのでさまざまな問題が起きて、ベトナムやキューバのように国を捨てる人もあのような数になってしまっているのだろうと思う。
そしてカストロも(おそらく)しかり、トップに立ってからのコントロールにアンバランスが生じているのかもしれない。

正直、政治の事はわからない。
けれど、もし… ゲバラのような信念をもった人物がトップに立っていたら、キューバは違う国になっていたかもしれないと思わざるを得ない。

「結局、トップに立ったら変わってしまうんじゃないの?」

そう言う人も少なくはないけれど、私は…
地位も財も捨てて、他国の人々の暮らしを考えて命をかけた彼のような人間だから
変わらなかっただろうと強く思う。
だから彼は安住を選ばず、戦いを選んだ。。。と思う。

いずれにしろ…
「あんなにイイ男を減らすなんて」と世の矛盾に不平を言って、
友達に「ああ、そういう事ですか、結局」と笑われた。


あまりに滅入るものだから、オチ… 作ってみました。

昨夜はサルサを踊りまくり、閉店後の楽しい雑談会で午前様をして、いつもの通り。
あのまま寝たら夢に出て来てしまったかも?

いくつになっても、何かに同調しすぎてしまう我性格に不安も?!


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思い出の写真

2010年01月12日
12月の頭に出会ったスペインからのグループ(過去の記事「素晴らしい偶然!」
つながりがあったので、その方が写真を送ってくれた。

「写真の1枚では、あなたはスターのように映っていたよ」とメッセージが…


それがこれっ!↓

La Tu Una

いつもは写真の真中には絶対に行かないんだけれど、この時は本当にテンションが高かった?
スターになるんだったら、もっとおしゃれしとけばよかった。


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寒波

2010年01月10日
クバーノスからの情報では、キューバは寒波であるとのこと。

Habanaの空港に近い友達の家、およびカマグェイあたりは4℃まで下がったらしい。
しかしながらHabanaのVedado地区は10~20℃あるという。
それでも夏を前提として作られている建物で過ごす20℃以下と言うのはきついはずで、増してや4℃?!
ママなどは下着を何枚も着て寒さをしのいでいると言う。

私がキューバを訪ねたのは猛暑の夏場(実際はまだ序の口だったらしいけれど)
なにしろ「赤道に近いカリブ海」と言ったら、夏のイメージしかない。
実際に私が彼らの家に行って感じたのは「夏はできるだけ涼しく過ごせる作り」だと思った。

当時、空港に近い友人の家では使っていない一部屋に寝させて頂いた。
扇風機をつけてくれたけれど、いらなかった。
窓が明けっぱなしで、夜の風は湿度も低く冷たかったから、それだけで十分だった。
基本的に窓はガラスがついていればいいほうで、ブラインドのような形の“閉まらない”まども少なくない。
とにかくお邪魔した家すべてを見ても、「キューバは夏の国」しか想像が出来なかった。

以前のタイ、もしくは現在でもタイの田舎では同じ事が起こっているはずだけれど、
基本的にタイは大陸に接しているし、気温が下がるのは北部とか山岳地帯。

カリブ海で寒さに震えるって… 本当に想像つかないな。

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Cuban Anthem

2010年01月10日
Anthem - 国歌のこと

最近の深夜の宴会でよく歌う歌… と言っても、私は歌詞が分からないので歌えず
ただ、「たらら~たらら~たらら~~ら♪」とリズムを音にするだけですが…


日本人がキューバの国歌を口ずさむなんてと面白がられる


Youtubeで気に入ったビデオを見つけた。
映像のバックがHabana、クラッシクな音楽、美しいハーモニー
しかしよく聞いてみると、国歌!
歌詞は変わっているけれど、国歌だ。

かわいらしい感じのビデオ― 実際の国歌 La Bayamese



と、歌詞の内容が分からないだけに、妙にリラックスをしてしまうお気に入り
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先週の

2010年01月10日
先週の記事にご紹介した、郷ひろみバリジャケットさばきの男性
Youtubeで見つけたのでご紹介




おもしろいのがあったので、もうひとつ

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なんて夜!?

2010年01月10日
最近の土曜日はまるで決まったようにLa Ruedaで閉店後の雑談会で午前様。
参加する人間はいつも変わるけれど、私とクバノパパ、お姉さんはお決まりのメンバーである。

昨夜は… 変な夜だった。
「何だかいつもと違う」と思う人が何人か。


人間関係について考えさせられる夜だった。


妙に明るいとか、妙に同じ言葉を繰り返すとか…
何かあった事を口にすることはないけれど、親しい間柄では「何か変?」となんとなく気づいてしまうもの。

長年一緒にいたカップルで、傍から見ると最高の関係だと誰もが思う2人が突然別れてしまったり、やはり「最高の関係」と思えるカップルなのに、片方が深ーい悩みや寂しさを感じていたり。

喧嘩をしたというカップルは、いつもだったら彼女の方が来ても彼は来ないのに、昨夜は彼が来て彼女が来なかった。。。喧嘩のケースはちょっとしたことで大事には至らないだろうけれど。
そのアンハッピーな彼はウイスキーを一杯飲んで帰ってしまった。

始まったばかりの遠距離恋愛…
「急にメールが止まって、何も返信してくれない。いったい何があったの?」と涙を流す女性。
始まって間もない恋愛の相手が見えないということは、不安なものだろうと思うけれど、彼を知る私は、彼もきっと、思い出せば寂しくて仕方がないだろうと想像がつく。相手の彼はそんなに器用な人じゃないだろうと思う。
あなたとの思い出が大きくても、現実の厳しい規律の中で日常を過ごさなくてはならない彼は、あなたのように毎日あなたを想っている事はできないのではないか?
慰めではなく、本音で彼女を促した。


もともと友人の友人のご主人と言う事で知り合いであるドイツ人の年長者(私達の中で)
彼は一緒に来た“彼”がアンハッピーで早々と帰るのを「僕はまだ残るから」と見送った。
彼はひたすら明るいけれど、心の中にたくさんの何かを抱えているような印象が強かった。

「Yumiは独身か。独身がいいよー!旦那なんかいない方がいいんだぞ」

既婚の人は既婚の人で大きな問題を抱えているのか?
独身の私にはわからないけれど、少なくとも希望を最初から捨てさせないでほしいな~と思ったりもしたけれど、幸い、クバノパパとお姉さんの関係が最高なので「ま、そういう事もあるんだろう」程度の気持ちで聞いていた。
彼から感じたのは、美しく社交的な奥さんを愛するがため、寂しい思いをしているんじゃないか?ということ。

愛する人は籠に入れてはいけない

そうやって尊重してくれる相手に、気遣いが行きとどかないのか?
それとも言葉を胸にしまってしまうから行き違いがあるのか?


正直、昨夜は他人事ながらショックの連続だった。


私の理想は崩されかけていたけれど、唯一の救いはクバノ夫妻。

クバノパパとお姉さんは20年の付き合いになるという。
若いころ付き合って一度別れて、彼女は別の男性と結婚して1人息子を授かった。
そして2年で別れて、また今の旦那さんであるパパと再婚したと言う。
8歳年上のパパの方は彼女と出会う前に既に家族がいたらしいので、お互いさま。
キューバの場合、子供はほとんど母方についているので再婚しても、女性が他人の子供を見ると言う事はないようだ。
いずれにしろ、キューバでは別れた相手とも友達や知り合いとして普通に付き合っているケースが多いので、子供もい経って自然に受け入れているよう。
このカップルは、どちらかが強いという事もなく、お互いに尊敬し合い、本当にバランスがとれていると思う。

カップルや夫婦間に問題があるというのは結構一般的な事だと思う。
他人同士が生活を共にするというのは簡単ことではないでしょうから。
もし少しでも不満が口から出てくればもっと気軽に聞いて感じることが出来たであろうが、逆に何も悪い事は口に出さず明るくされると、その重みをずっしり感じてしまう。

長年一緒にいて別れてしまったというカップル、恐らくつい最近の事だと思う。
一時的な冷却期間である事を祈りたい。


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サルサのバックグランド

2010年01月05日
サルサを踊る人で、以前何らかのダンスやスポーツをやっていた人達がいる。

例えば多い例では、ボールルーム(社交ダンス)の経験があるという人。
どことなく、「そうだろうな」とわかってしまう。

筋肉マッチョな男性は、筋肉が硬い分格闘技的な力強い動きになるような気がする。


そしてつい最近
思わず、「そう思っていたのは私だけじゃないのね?!」とある種感動を覚えてしまったケース…


ここにサルサを踊るハンガリー人の男性がいる。
彼のスタイルは独特で、すごく難しい。
2~3度踊ったら慣れてきたけれど、やっぱり難しい。。。


「彼と踊るとこうじゃない??」


女性同士で彼の話題になった。


「そうそう!」



実はこの方、アイススケーター、それもインストラクターレベルだと言う。

ターンをリードされる時、そのポジションがどうしても“足がクロスするほど狭くなる”のだ。
スピンターンでもせいぜい左右のつま先かかかとが揃うだけじゃないですか?
彼の場合、本当にクロスなんですよ。


以前は気付かなかったけれど、そういえばアイススケートって足首のあたりでクロスしてスピンするよね。
動き方が本当に特殊で、風変わりで面白と言えば面白いのだけれど、ほんとーに難しいんだな。


アイススケート風サルサ、本当にレアでしょ?


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新年の La Rueda

2010年01月03日
1月2日土曜日
タイでは基本的に正月と言ったら仏歴の正月(4月)なので、一般的な新年はとりわけ特別な事もなく、La Ruedaも通常通りの営業。
ただし、お客の方は特別な期間を過ごしているため通常通りの状況は期待できず、そんな状態なので従業員は普通に休み中… オーナーに頼まれて、暇な私はラルエダの臨時スタッフと化す。

無料奉仕であるけれど、実質“飲み放題”!
文句が出るわけありません。

さて、その状況はというと、
やはり期待されない年末の木曜日に比べて、入店客の数はもっとひどい状況でした。

が、ここがちょっと特殊なバーの強みというものでしょう。


最初のうちは常連が数人来ていて練習などしていたり、女だけでルエダで遊んだりしていたものの、早々とどこかへ行ってしまった。少し遅めに7人くらいのグループが来たけれど、少し飲んで踊って、すぐに帰ってしまった。
そして残ったのは、初めての客やめったに来ない客、外国から年に1~2回訪れる客…

驚くことに、それだけで盛り上がってしまいました。

一人でやってくる欧米人などは実にフレンドリーで、同じ一人客同士、もしくは私達と飲みながら話をしたり、気分が乗ってきたら踊るという風に、気楽にホームパーティー風のサルサバーを楽しんでくれたよう。

連日連夜大忙しでその後も飲み続けていクバノパパとお姉さんは
さすがに「来ないだろうな」と思っていたら、来た!
その夜のレストランにはは100人くらいのお客が入って相変わらず大盛況だったとのことですが…

結局バーの売り上げは、「この3倍の客が入ったとしても同じくらい」良かったわけです。
本当に、サルサの商売は難しいんですね。


ところでLa Ruedaに初めて来たという、シアトルからのアフリカ系アメリカ人男性の話。
今回お会いするのが3回目となる、韓国在住のアメリカ人の友達と言う事で連れられて来た。
この男性、サルサ好きの友達に連れられて来ただけかと思っていたのだけれど…

いきなり踊りましょうと誘われて、踊ってみたらものすごーーーーーーく踊れる人だった。
正直、サルサを始めてからいろんな人に会っているけれど、彼は私の中ではその3本指に入るんではないかと思うくらいの達人だった。

ジャケットにシャツというきちっとした装いであれだけ動けるって。。。

ジャケットは小道具の一部だろうか??
郷ひろみかと思うようなジャケットさばきだった(笑)
切れのあるシャインがまめに入るけれど、
それは私を離したほんの一瞬に組み込まれるだけで、私の動きには一切影響がないくらいの素晴らしいタイミング。
後で踊ったオーナーのPomも、「彼、本当にすごい」と同じ感想を述べていた。

本人に聞いてみたら、シアトルのプロなのだそう。
やっぱり!

彼には2回誘って頂いた。
2回目はジャケットを脱いでもう少し本気っぽく踊ってくれて、
そのスピードや技に上手く乗せられている自分が心地いいというくらい、リードが完璧。
何だかすごーく上手くなった気がした。

彼のようなタイプがリーダーだったら、女性は自分の動きについて全く考える必要はないんだろうな。
気づけはひっくり返されていたり(笑)
タイミングさえバッチリだったら、抵抗力が低くなる分重量が軽くなるってことでしょうか。
(か、彼が力持ちなのか?)


彼も数人のパーティーが気に入ったようで、
「友達を送ってから戻って来るから!」と、念を押してから出て行って… 本当に戻って来た。
彼が来てから女性は4人だけ。。。役得♪

これで年末~正月休みは毎日午前様という結果になりましたが。

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意外な障害

2010年01月02日
クバノスバンドのパパとお姉さんとの真夜中の雑談
パパの気分が乗ると、ホテル前のキオスク前でビールを飲みながら雑談となる

この雑談会では、本当にいろんな事が話題になる

昨夜、私にとって意外だったのが彼らにとっての障害…
レストランで演奏する際にいろんな問題があると言う事だけれど、その中で意外だったのは、

    離れた席での客の手拍子 

私もバーカウンターに座って音楽を聴くのが好きで、音楽がノリノリになると知らずにやってしまっていた事。

バーカウンターは入口を入ってすぐのところにあり、ステージは一番奥にある。
その距離は恐らく10m? もっとあるかもしれない。
そのバーカウンターあたりで鳴り物を鳴らしたり手拍子を取ったりすると、それが彼らの障害になるという。

「うわーっ。。。来た!」と言う感じで、頭が痛いそうだ。

彼らの話では、
ほんのちょっぴりだけれど自分達が聞こえているリズムと、少し離れた場所でのそういった音の間には時差が出来ていて、ズレたリズムが耳に入ってしまうので自分達の音を取るのが難しくなるという。

私がサルサを踊っている際に誰かが手拍子を叩いて、そういう時って音楽にずれている場合が結構多い。
そんな時、私も「手拍子やめてくれ~」と感じることがある。
でもそれは、本当にその人の手拍子が本当にリズムずれしているケースなので距離は関係なし。

彼らの場合は…
例えば少し前まで同じキューバのムジコがアルバイトでMCやらインストラクターやらをしていて、時々グィロを鳴らしたりしていた。

彼がステージ前で鳴らしている時はいい。

しかし彼の担当はフロアーなのでグィロを鳴らしながら歩きまわる事があり、
ステージを離れていくとその音に時差が生じて来てしまったそうだ。

プロのムジコの演奏でも距離が出来てしまうと“ノイズ”にしかならない。
そんな時はいつも、「おーい、もどってこーい!!」と歌を歌いながら呼びかけていたと言う。

レストランのバーに勤務して数年になるバーテンダーもよく鳴り物を鳴らす。
バーで聞いている分には「彼女は上手いなー」と思うのだけれど、それもすごい障害だそうだ。

ステージ付近のソファー席に座っている客にはステージからと同じように不協和音に聞こえるらしく、一度客から文句が出て、訳のわからなかったそのバーテンダーは非常に憤慨していたらしい。


知らない事とは言え…
「手拍子を取る時はステージの近くに来てね」と言われてしまった。

ハイ。ごめんなさい。
今後はそうします!

言って頂いてよかったと思う。
好きなライブを知らずに妨害していたわけだから。


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それぞれの“HAPPY NEW YEAR”

2010年01月01日
大晦日

La Ruedaは通常オープン、いつものヘルパーさんがお休みなので私もお手伝い…
ただ、例年年末は皆別のプランがあるので、La Ruedaに来るのはほんの一握りなので、
親しい人だけで集まってカウントダウン、そんな感じ。

La Ruedaでカウントダウンを済ませてから、約束通りセニョールピコへ急いで移動。
0時を回っても、さすがに盛り上がっていた。


“HAPPY NEW YEAR!”

親しい人にも見知らぬ人にも声を掛けまくり、もちろん相手も答えてくれる
いつもはその時間にいないマネージャークラスも正装でホテル内のパーティーに顔をだす。

友達がブドウを買って行った。
以前ラテンの地に暮らしたことのある彼女いわく、「ラテンの国では新年にその年の毎月がよい月になるよう、新年にブドウを12粒食べるって聞いたから」だそうだ。
ブドウを開けた時にたまたま声をかけてくれたタキシードの男性にブドウを勧めたら、
「偶然だな。僕の母が毎年新年にブドウを食べろっていうんだ」と言うので、「どこから来たの?」と聞くと、
自身はスイス人だけれど、お母さんはベネズエラ人だとのこと。
あー、だから。

キューバでも習慣は同じだそうだ。

この男性に、「あなたもラテンの血が入ってるの?」と聞かれてしまった。
私の踊る姿をみて、リズムの取り方がラテンだという。。。これって最高の新年スタート!
こういう言葉は“音楽に乗った結果で踊る”私としては、自分が認められたようで嬉しい。(大げさ??)

レストランマネージャーのフランス人もその夜は活舌がなめらかだった。
「上のインディアンレストランでしこたま飲まされたので、ここに逃げて来たんだ。やっぱりここは落ち着くよ」と、珍しく音楽に乗って一緒に踊る真似をしたりした。
このホテルのインディアンレストランはバンコク一を誇る。
ホテルのオーナーはインド人だからだろうか。

昨夜のキューバのパパへの電話に続き、今夜はママへ電話
出かける前に、ママから初めてのEメールをもらっていて、返信はしたものの、やっぱり元気な声が聞きたい。
パパの声を聞いたのもうれしかったけれど、ママの声はそれ以上に心に響いた。
「I'm well, very well」
片言の英語だけれど、声だけの電話でも私に伝わるように英語で話す。
話し終わった後にジ~ンと来た。
懐かしさにちょっと涙があふれてきた。

セニョールピコでひとしきり祝い気分に浸って「それでは」と言う時に、
白いタキシードの男性にまたダンスをほめられた♪ 
名刺をもらったのでタイトルを見ると…ありゃりゃ、ホテルの総経理… お偉いさん。
これも新年の宴のなせる技。

パパとお姉さん、友達と私で場所を移動した。
パパが導くままについていくと、ホテルの裏側の道でホテル従業員が総勢でお祭り騒ぎをしていた。
荷台のある車に氷とお酒を命一杯詰め込んで、見覚えのある顔から全く知らないタイ人まで総勢30人はいただろうか?
年末に休暇を取ることができないホテルの従業員にホテルからささやかなプレゼントが出ていて、それが飲み物に変わったのだ。
普段、酔ったタイ人の中に入るのは遠慮しているけれど(かなりくどくて疲れる)、今回は新年でもあり、親しいセニョールピコの従業員もいるということで一緒に酔っぱらう事にした。

ホテルの中で正装をして、ワインやシャンパンを開けて新年を祝う人々、
そして私服に着替えて車の周り、道端で宴会をするホテルの従業員、
まるで別世界。

それでも皆同じように新年を祝い、新しい年に希望を持ち、楽しむ…


            Happy New Year!

明けましておめでとうございます!
皆さんの年が、実りの多き年、素晴らしい年になりますように!
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