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ご先祖様

 2010-02-27
昨夜の友人との夕食会の帰り、同世代ジョシの車で送ってもらった。

ひょんなことから運命の話になる。


「いつも彼と別れた後に“ああ、あの人とは一緒に居られるわけがなかったんだ”と痛感する。
これはご先祖様に守られているんだよなーと思うんだよね。」


目が覚めて冷静になると、
「やっぱ無理だよなー」と自分とその彼との関係が客観的に見えてくる。


そう、私を守るご先祖様が「あの男とは幸せになれない」と縁を砕くんだと思うのです。

いい年をした女2人で「そうだ、そうだ!」ミョーに納得したりして(爆笑)


いやぁ~・・・

しかしご先祖様、たまにはジャッジだけではなく出会いの段階から手伝ってほしいものです。



・・・つぶやきでした。

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RON TONIC

 2010-02-21
ラム酒が体質にあうような気がしてから、100%ビール党から半分ラム党へ…
よく飲むラムが Habana Club の7年物なので当然なのかもしれないけれどね。

ラムパーティーを始めてからここのところ、毎回パパがオーダーメイド葉巻を持ってきてくれる。
普通のたばこよりちょっと大きいサイズで、
葉巻工場を経営している友達が彼のために特別に小さいサイズのものを作ってくれるんだそうだ。
有名なCOHIBAは1人当たり国外持ち出し2ケースまでとなっていて空港でチェックされるほどだけれど、これは小さいし、「箱なんかないよ。紙にグルグルって巻いて持ってくるから一杯持っていても何も言われないよ」だって。


さて、タイ(バンコク)で一般的なキューバンラムと言えばやっぱり“HABANA CLUB”
ちゃんと代理店があるので、酒売り場にはホワイトと3年物、7年物と並んでいる。
(ただし7年物の1リットルサイズがない)

かろうじてもう一銘柄手に入るキューバンラムは“Valadero”
これも普通のと7年物の2種類…

選択肢はこれだけ。

それ以外のラムは別の国のものか、なんとタイ製もあります!
タイ製のラムは何となくココナッツのような甘い香りがるんですよ。
クバニータが「バカルディよりいい」と、そちらを飲んでいた事がある。
そう、今でも「キューバンラム」を名乗るフランスのバカルディ・・・キューバ人には不人気なのです。


キューバンラム、7年物は当然オンザロックで頂く。
ホワイトラムはクーバリブレで頂く事がほとんど。
…以前“午後の紅茶”のレモンティーを混ぜて飲んだ事もあるけれど、これ結構いけた♪


バンドパパはあまりクーバリブレが好きではないという。
「コカコーラは自分には甘すぎて好きになれない」らしいのだ。

えー?? キューバのTu COLAの方が甘い気がするけどなぁ~

けれど、「自身にとっては」なんだそうだ。

それでラムに混ぜるものを変えてみた。
単純にソーダ割りにライム・・・ あまりに淡白だった。

昨夜はコーラも在庫が尽きていたので、スプライトにしてみた。
これもなかなかいいけれど、甘いのは一緒。

次に試したのが“トニックウオーター”
これがすごくいけていた。

「そういえば、ジントニックっていうのは一般的にあるけれど、ラムトニックって聞かないね」

飲んベの癒し系美人が言う。

ラムにトニックウオーター、プラス“ライム”!
これ最高です♪
パパも大満足!

ストレート派じゃない方は一度試してみて下さい。

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パパは娘の元に

 2010-02-21
パパミゲルの火葬はキューバ時間の土曜日の早朝に行われたそうだ。

キューバでは火葬は一般的ではないという。
「それではパパは何故火葬になったの?」と聞くと、ずいぶん前に本人が希望していたからだと言う。

「私が死んだら火葬にして欲しい」と。

火葬されたパパは小さな壺に収められて、娘の家に帰って来た。
(ここまでは日本と同じですね)

しかし火葬となった場合、お墓はいらないらしい・・・これは日本とは違いますよね。

パパミゲルには子供は一人しかいない。
それがMi Hermanaの彼女である。

ずいぶん昔の両親の離婚によって、父親と住む事が出来なかった一人娘の彼女。
キューバ式には普通にそれも頻繁に会う事が出来た。

それでも彼女はご主人に、「いつかパパと一緒に住みたい」と言っていたそうだ。

パパミゲルの奥さんは、「火葬後の遺灰は海に・・・」と言ったらしいけれど、
一人しかいない子供に「どうするかを選ばせてあげるべき」・・・という話しの結果、
パパは彼女の希望通り彼女と家に帰ることとなった。

「パパはやっと彼女の家に帰って来たよ」

ご主人であるバンドのパパが私達に言った。

何だか切ないね。

私達はLa Ruedaで遠いキューバで眠りに着いたパパミゲルのためにCubayを飲んでいた。
私は彼女の自宅に電話をかけてみた。
いつものメンバーひとりひとり、彼女と話した。

話す内容は皆同じ。

「大丈夫?元気出してね。ここで帰りを待っているから」

電話の向こうで、いつも笑顔の絶えない彼女のすすり泣きが聞こえた。

「久しぶりのキューバでの休暇、ゆっくり休んで、元気に帰って来るのを待っているよ」

バンドパパの話では、キューバ国内ならず外国からも花がたくさん送られてきて、
彼女の自宅は花で埋まっているとのことだった。


ところで・・・
まだ先の話ですが、セニョールピコが改装のため6~7月と2か月の休業となるそうです。
現在のバンドは5月末日までの契約で、6~7月はキューバに里帰り。
戻ってくる予定ではあるけれど、ホテルとの契約のこともあり、まだ100%確実ではないとのこと。
なので、機会があれば5月までに彼らの演奏を聞きに行ってくださいね。

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飲みすぎです。

 2010-02-20
パパミゲルのお通夜と称し、セニョールピコに集まって酒盛り。
メインボーカルを抜いてのステージはこちらの“パパ”が大変だ。(歌うのはほとんどこの2人なので)

彼女は未だ空の上でHabanaに向かっている頃。
彼女はまだ何も知らない。

パパが、彼女がアムステルダムについてインターネットをチェックする前に、すべてのメールを削除しておいたらしい。彼女のアドレスにはパパミゲルのご不幸について多すぎるほどのメールが入っていたらしい。
旅の途中で彼女に知られてはいけないという配慮だった。

Habanaに到着すれば空港に身内が待っているし、
彼らと一緒にいれば、何を聞かされてもとりあえず大丈夫だと思えるから。

それにしても・・・昨夜は久しぶりにあそこまで飲んだ!
最初から飲めるところまで飲むつもりで行ったけど、家に帰ったらそのまま倒れた!

ホテルのバーで新入荷のテキーラを4~5ショット、クーバリブレ3杯、
店が終わった後に“Bar Papa en la Calle”にて、大勢でビール・・・
普段だったらあそこまで行かなかったけれど、昨夜は珍しくパパから頂いたCohibaを吸っていた。
TABACOというものは酔いを促進するものではないかと思う。

本当の身内が少ないだけに、身近な人が亡くなるという経験がほとんどない私。
だからなのか、こういった出来事に異常なくらい敏感になってしまう気がする。


さて、昨夜のセニョールピコには「このブログを見てきました」と言って下さるお客人に会った。
このブログはほとんど自分のための記録みたいで、あまり有意義な内容はないと思っていたのですが、そう言って頂けるのは嬉しいものです。

サルサの情報と言うよりバンコクのラテン的な生活日記と言う感じなので、
問い合わせを頂かない限り、私があまり行かない流行りのサルサ場(Dream Hotel)とかの情報は少ない。

昨夜のお客人のご主人の方はラテン諸国出身らしく、特にご主人には喜んで頂けたようだった。
「サルサに行きたい」と言われる場合、本当にサルサそのものを踊る事を目的というのがほとんど。
しかしながらラテン系の方には、
逆にバンコクのサルサがイメージと違っている場合が多く、
「踊りは二の次」程度のラテンスポットの方が好まれたりする。

セニョールピコに関しては今いるメンバーのおかげと言うのが大きいと思う。
スタッフも非常に人気があるけれど、何よりスパニッシュピープルはスパニッシュピープルに会うととっても嬉しそうなのです。

La Ruedaはポロいけれど、その分おいしいお酒が安価で飲めてアットホームであるし。。。
レゲトンメインのラテンクラブもあるけれど、そういうところも「チョト・・・」という人々には、このソイ18は最高のラテンスポットではないかと思う。


・・・それにしても・・・
飲みすぎた。
油断をするとすぐに何かがこみあげて来て目頭が熱くなってしまうから、

「いけない!!」とあわてて“空”でもいいからはしゃぎ、飲みまくり。

パパは日本語の歌が気に入ったようで、「酒が飲める酒が飲める♪」と歌いだす。
1年・12ヵ月の毎月にどうでもいいような理由を作って「酒が飲める」というこの歌、キューバ人にもウケました。
飲む理由を作って飲むって言うのが日本人的。


さて、今夜はもう一回お通夜
パパミゲルはキューバ時間の土曜日の朝に火葬されてしまうのだから。
「偉大なる彼の人生、新しい旅立ちを祝して」
Habana Club で乾杯予定。

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朝一番のニュース

 2010-02-19
Falleció Miguel de la Uz, fundador de Los Modernistas

Enviado por ei en Febrero 18, 2010 – 5:15 am
papa miguel
(G)-Este miércoles falleció en La Habana, víctima de un accidente cerebrovascular, Miguel de la Uz, fundador del cuarteto Los Modernistas y destacado promotor de este tipo de agrupaciones vocales.

Por voluntad personal, su cadáver será cremado. Pero desde el viernes a las 8:00 p.m. hasta el sábado a las 6:00 a.m. se le podrá rendir tributo en la funeraria de


jueves, febrero 18, 2010
Falleció Miguel de la Uz, fundador de Los Modernistas

Musica Cubana: Falleció Miguel de la Uz, fundador de Los Modernistas
papa Miguel 2

Publicado por Lazaro Gonzalez en 2/18/2010 10:08:00 AM
Etiquetas: Cuba, Musica Cubana, Musicos cubanos


バス代にもらった4ペソは形見になってしまった。
娘は今だ不安を抱えたまま、アムステルダムの空港にいる頃・・・
アムステルダムからハバナまで更に10時間ほど。


本日付の沢山のCUBAのニュースにパパの名前が。


ただ、ご冥福を祈るのみ・・・

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虫の知らせ

 2010-02-18
本日はいつもより残業をして仕事を片づけようと思っていた。

仕事をしながら・・・何気にチョイとFACEBOOKを開けてみた。
するとまだ開ききらないウインドウのど真ん中にクバニータベルの書き込み・・・

「私の愛する友達、彼女の旅が無事でありますように。すべてがうまく行きますように」


彼女の愛する友達、それは私の愛する友達でもありMi Hermanaでもあるバンドのお姉さんの事。
驚いた。
急にキューバに旅立つって?!

慌てて電話をすると、ご主人の“パパ”が電話に・・・
彼女のパパ、“私達の愛するパパ”が倒れて病院に運ばれ、意識不明の重体だという。

もう仕事どころじゃない!!
あと1時間ほどで空港に出発すると言うので、とにかくホテルに行く事にした。
オフィスを出る時はそれほどではなかったのに、歩いて行くうちに心配がこみあげてきた。

ホテルについて彼女を待つ間、一緒に空港へ行くというバンドのカップルに事情を聞いてみると、パパは脳内出血で倒れ意識不明の状態であるとのこと。

なんてこと・・・

少し経って彼女が現れた。
目の周りを真っ赤にしていて、彼女の顔を見た途端私も涙が出てきた。
励ますようにハグをして、「これを持って行って!」と彼女の手のひらに家から持ってきたユーロ紙幣を握らせた。
「駄目よ、そんな!」と断られる事は予想の上、それでも緊急事態であればキューバじゃなくても状況は一緒。

あなたのためではなく、パパのため。
お金はいくらあっても足りないはずだから!

ありがたく、私の気持ちを受け取ってもらえた。

彼女のパパのあだ名は「ピポ」
温和で親切で、皆から慕われるパパである。

今時は脳内出血で倒れる高齢層が増えているけれど、奇跡もたくさん起こっている。
「今は彼自身疲れて休んでいるだけだと思う。けれど、毎日家族や友達が話しかければ彼にも声が聞こえてくるはず!毎日パパに話しかけてあげてね!」

かなり深刻だと聞いていながら、私は無力・・・
だから祈るしかない。

キューバでは私のために2回も家を訪ねてくれたピポ。
「バスに乗ってごらん」とキューバンペソのコインをくれた。
「サルサの上手なレディーだからね」と、私のためにサルサのCDを作ってプレゼントしてくれた。

年末のピポの誕生日に電話で話したばかりじゃないの。。。


キューバは遠い。
娘はバンコクから約29時間かけてハバナの病院へ向かっている。


なんとなくFACEBOOKを開けていなければ、何も知らずに残業をしていたと思う。
そして明日になってすべてを知ったことだろう。
少なくとも、心配と不安をいっぱい抱えたまま一人で長旅に出かける彼女を見送る事が出来てよかったと思う。

パパは強い人なのだ! そう信じたい。

いや、そのはずだから!



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抗争とサルサ

 2010-02-14
昨夜は、結局セニョールピコへは行かずLa Ruedaに居座った。
それにしてもまたまたものすごい人出だったなぁ
それでもしっかり踊った!

人ごみの中、常連じゃないけど見慣れた顔が。
以前彼がここに来た時は全く逆にお客のいない時だった。
一曲だけ踊った彼のスタイルはキューバンだったから覚えていたのかもしれない。
しばらくビールを飲みながら一人で座っていたなと思ったら、すぐにいなくなってしまった。

丁度彼と目があったので、「以前もここに来たでしょ?」と声をかけると、
黙っている時の近寄りがたい印象の顔が、急に親しみやすい顔になった。
彼はイタリア人だそうだ。
イタリアって言っても、島在住。
「マフィア?」と聞いてみたら「シチリアじゃないよ。(ギリシャの)ミコノスって知ってる?そこに近い、でもカプリより小さい島」
名前は忘れてしまったけれど、私には高度ななぞなぞのような質問だった。

ここに住んでいないのに何度か見かけていたので、「仕事で来るの?」と聞くと、仕事半分だと言う。
中南米にもよく行くけれど、タイやその周辺諸国にもよく来ると言う。
またまたなぞなぞだ。

答えを聞くとなんともうらやましい話で、この辺で買い付けをしてラテン諸国で売っているのだそうだ。
今回はこの旅を終えイタリアに帰り、その後キューバに行って販売業。。。いいのかなぁ~?
キューバのサンティアゴデクーバは彼の第二の家なんだそう。

しばらくキューバの話題で盛り上がった後に、サルサの話になった。
「以前はフットボールに夢中だったんだけれど、ある日突然フットボールからサルサに変わったんだ」
ラテン諸国を旅するうちに、自然に踊る方に興味が移ったらしい。

「いいことじゃない? フットボールは争いだけれどサルサは争わないから」私がそう言うと、
「フットボールだって闘争しないよ」と否定をするので、
「ゲームだから敵がいるじゃない?だったらやっぱり争いでしょ?」と答えてみた。

彼は「確かにそうだ」と笑いながら「若いうちならいいけど」と加え、更に「サルサの場合はコンペティションだね。イタリアではサルサも抗争が激しいよ」と言う。
いくつものグループがあって、あちらこちらのクラブへ行く事が出来ないような“壁”が出来ているとか。

そう言えば以前ここへ遊びに来た日本人の方も、日本の大阪ではそんな感じになっていると言っていた。

過去においてはここBKKでも当事者たちの小さいもめ事はあったけれど、
これだけ小さいサルサ社会だから、ほとんどの人は気にする事はなかった。
そんなことに振り回されていたら踊ること自体が出来なくなっちゃうもんね。

多少・・・個人個人でソリが合う合わないの問題はあっても、基本的に平和なBKKサルサ。
社会が小さいのも、それはそれで悪くはないのかもしれないね。

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ブラジリアンカナバル・・・とは。

 2010-02-13
セニョールピコのブラジリアンカナバルナイトへ行って来た。
すごいお客の数で、テーブルはもちろんのこと、私達が大好きなカウンターもいつもの場所ではない場所をようやく確保・・・その後カウンターですら席がなくなってしまい、カウンターで立ち飲みも出てきた。

ただ、別に何があったわけではなく…「パーティー」気分であっただけ。

「ブラジリアンと言いながら、ブラジルの曲はほとんどな~い!」とバンドの人が私に耳打ちして笑っていたけれど、特別に雇ったDJもブラジリアンはほとんどかけていなかった。
しかしながらパーティーは盛り上がる一方で、ラテン系とラテン好きな客がたんまり集まったものだから、小さなダンスフロアーは常に踊る人で一杯だった。
この騒ぎは通常の閉店時刻0:00を過ぎてもひたすら続き、その時間に来店する客も絶たなかった。

笑えるのは、パパがホイスルを見つけたようで・・・
演奏の時も踊る時もひたすら“ピッピー、ピッピピー”とリズミカルに吹き続け。
よほど気に行ったのか?
人ごみの中でも、どこに彼がいるのかすぐにわかってしまう(笑)

ホテルのGMやら、その他マネージメント軍もセニョールピコのパーティーが大好きなようで、自身の持ち場のお仕事終了後に集まって来て、ひたすら飲む、しゃべる。

あまりの忙しさに人手が足りず、他のホテル内のレストランから応援団がわんさと押し掛け、レストランにはいろんな制服姿が忙しく動き回っていた。
とりわけバーはこれ以上動けないと言う大忙しぶりで、レストランを担当するマネージャーの可愛いセニョールQ(本当にQさんって言う)まで飲み物を運び、仕舞いにはバーに入ってカクテルを作る。スーツネクタイ姿で(笑)
もともとホテル専門の学校を卒業しているので、彼はいつでもバーテンダーになれるよう。

少し手が空いてきたたら彼も飲み、お客と話し、次第に満面楽しそうに・・・
パーティーの時はいつもとうって変わって人懐こくなるこのセニョールQが私に耳打ちした。
「ボスがいなくなったら君たちと楽しめるんだけれど・・・」

「そりゃーむりでしょ。だってそのボス自身が異常に楽しそうだもん!帰りそうもないよ」と私が言うと、彼は「そうなんだよー!それがポイントなんだ」と苦笑いをしていた。


本当に、幾度となくこのレストランの話題を記しているけれど、こんなに楽しくおかしなホテル内の場所というのは・・・私は知らないぞ。

騒ぎは午前1時を過ぎても収まる事はなく、レゲトンやら何やらサルサ以外の音楽をひた流す店内は既にラテンディスコ状態で、バーも休むことなく動き続けていた。
私達は仕事の後飛んで来て、20:00頃から店にいたので疲れを感じていた。
大好きなサルサやキューバンミュージックだったらまだブッ飛んで盛り上がっていただろうけれど、さすがにらティんディスコ風の音楽が1時間も続くと… 

その夜は特別に用意された“カイピリーニャ”のみがブラジルを感じさせてくれたような気がする。
フルーツフレーバーのカイピリーニャ、中でも大好きなパッションフルーツがおいしかった!

さて、このイベントは今晩もう一晩あります。
昨夜が盛り上がりすぎたような気がするので今晩はどうかわからないけれど、久しくあっていないクバーノスが来ると言うので、彼らが来ればまた行く予定。
しかしながら今夜はLa Ruedaでもバレンタインパーティーがある。
ここはここで、La Ruedaならではの面白さがあるので・・・

前半はセニョールピコ、後半はLa Ruedaという予定。

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写真っていいな

 2010-02-11
私のブログの端に並ぶ、「勝手にリンク」
これは別にリンクして頂いているわけではなく、自分が行きたいサイトにすぐに飛べるように並べてあります。

Cubaの写真を紹介しているminkさん、ご自身を「ラテンなおばさん」と呼ばれていますが、
本当におばさんなのであれば、なんと素敵な“おばさん”なんでしょう。
素敵な写真と上品な文章で心温まり・・・
ホッとさせて頂いております。

キューバ大好きな、これまた知的な女性“クバニータさん”の写真
普通のポケットカメラとは思えないほど、いつも素敵な写真を掲載している。
ため息・・・
ここでもホッとさせて頂いております。

そして上記minkさんのところから流れて行きついたブログ・・・
「中南米に幸あり」
タイトルも素敵だけれど写真にはやっぱりため息・・・
なんてきれいな色、なんて素敵なショット・・・プロの方のようですが。
反して文章の方は私の豪快なお友達を彷彿させるような楽しい内容。


それにしても、写真っていいな。
タイ人もラテン系にも写真好きはごまんといて、いつもなんかしら写真を取ってはFACE BOOKなどにアップされているけれど、それは普通の写真。
「普通の」というのは、それぞれの思い出を単純に撮ったものというのだろうか。
それはそれでその時を思い出したり、その人のその時間をシェアしたり出来るから、素敵なものには違いはないけれど、日本人の写真上手には日本人の私に“ジ~ン”と訴える何かを感じる。


昔、デジカメが出る前に一度だけ一眼レフにはまった事がある。
おじいちゃんから頂いたニコンの古い形で、“カシャ!”という重いシャッター音が心地よくてハマったのだ。
香港時代初期には活躍したけれど、「重い」ということで持ち歩かなくなってしまった。
それ以前に、自分にはこのテの才がないってことに気付いたからなんだけれど。

印象的な画、感動的な画を目の当たりにした時、写真が撮りたいと思った。
けれど私の撮った写真には、その印象も感動も全く残らなかった。

・・・しかし
写真の心のある方々の写真には、肉眼以上、記憶以上の感動があると思う。


ため息


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営業日が増えました

 2010-02-11
先ほど確認した情報によりますと、
La Ruedaが火曜日と水曜日も営業することになったそうです。

・・・と言っても、しばらく様子見。

不定期のお試し期間だと思います。
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ブラジリアンカナバル

 2010-02-10
・・・と言えば、サンバ!

サンバが出るかどうかわかりませんが、何故かメキシカンレストランのセニョールピコで
ブラジリアンカナバルナイトが催されます。

2月12日と13日・・・今週の金・土曜日で間近ですが。

我らがキューバンバンドがブラジリアン音楽を準備したそうです。
普段でもメドレーは演奏しますが、今回はブラジリアン音楽多め。。。とのこと。

「ポルトガル語だよね?」と確認しましたが、

スパニッシュネイティブがちゃんとポルトガル語で歌うそうで。
近い言語ではあるけれど、やっぱり違うし大変よね。

私も当然、仕事は早々に終わらせてかけ付ける予定。


ブラジリアンのディナーはやっぱりお肉!
そこはラテン系共通♪

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ちょっと違えば

 2010-02-07
昨夜の宴会時はツーリストのコロンビア人3人組も同席していた・・・
というか、彼らは単に居残って飲みまくっていたとっても良いお客さん(?)で、私達と一緒に話していたわけではないのだけれど、狭いLa Ruedaのカウンターの両端にいても、同席していたに近いってだけなのだけれど。
酔って気分がよくなって、音楽がかかれば踊ろうと誘われる。
閉店後はポムの音楽三昧なので、古いけれど名曲ばかりが流される。
一般的なコロンビアサルサは嫌いではないけれど、そればかりが何曲も続くくとさすがに疲れる。
仕舞いにはどんなにしつこく誘われようと「ごめん!疲れたから」と断る事に。
だって、こちらが話に盛り上がっていてもお構いなしなんだもの。

普段踊らないパパが冗談で私を相手に踊りだし・・・
ひたすらその場でステップを続けるコロンビアンが命一杯続いた後だったので、前後左右に大きく足を踏み出せるキューバンがなんと心地よかったことか!

さて、話の話題はいろいろ。
やっぱりどうでもよい事ではあるけれど、雑学なんでもありで面白かった。
セニョールピコとLa Ruedaの常連・VIPのミスターチャールスブロンソンも閉店後にやって来て一緒に話をしながら飲んでいた。
“もしかしたらセニョールピコは6月頃に店内改装のため、一時閉店するかもしれない”という話題が持ち上がり、そうなったらキューバンバンドも一時お休みのため、キューバに里帰りするかもしれないという話になった。

「もしそうなったら今年も行くか?!」

私がそんな話をすると、
業界で古株のパパが「もしその時にYumiがキューバに来たら、音楽のあるところ全部に連れて行ってあげる」と言ってくれた。前回ほとんどそう言った場所には行けなかったので、また違ったキューバの旅が味わえそう!

そんな話から、キューバの話へ・・・

チャールスブロンソンが「マレコン」と言うと、お姉さんがゲラゲラと笑いながら、
「マレコンに行けばいくらでもマレコンが見られるわよ」と言う。

日本語のカタカナでつづると何の事だか全く分からない

    MALECON と MARICON

そう、タイ人はMALECONと発音できずMARICONと言う人が少なくないらしいのだ。

MALECONはあのハバナで有名な海沿いの場所の事。
そしてMARICONはゲイの事なのだそうだ。

確かに夜のMALECONには男性ばかりが集まっている場所があった。
それがMARICON達の集まりだったようだ。

ちなみに、レズビアンはトルティエラ・・・食べ物のトルティージャに発音が似ている。
「トルティージャは好きだけどトルティエラはごめんだわ」(笑)

そんな話で盛り上がった。
そしてまた、ハバナクラブの7年物が空っぽに。
次回はパパが持ってきたCUBAYが用意されている・・・ふふふ♪
キューバンラムとは本当に相性がいいのか?
オンザロックでずいぶん飲んだけれど、いつも通り楽しくなるだけで変な酒酔いはなく、
起きた後もなに残らない。
私の体質にも、「飲んでいい方の酒類」に該当するので、ありがたや~


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タイの大型連休

 2010-02-06
毎年4月にタイの佛暦正月、ソンクラーンの連休がやって来る。
正月休みは3連休なだけだけれど、1週間7日間のうち土曜日と日曜日が休みで3日間の連休があるということは、2日休みを取れば1週間の連休となる
今年はなんと月曜日と金曜日は平日(金曜日は休みになるという話もあるが)!
なんて中途半端な・・・

銀行の休みに平行する私の会社は現時点土曜日と金曜日は出勤。
そんな中でも、誰がいつ休みを取るかの相談が持ち上がっていた。

正直、私はこのソンクラーン休みが嫌いだ。
何しろバンコクで一番暑い時期であり、外を少し歩こうものなら・・・
無礼講以前の遠慮もないびしょぬれになったタイ人が、興奮のあまり誰それ構わず水攻撃をしてくる。
もちろんお金のかかっていそうな服装で歩く分には、さすがに水はかけてこないが。

昨年はキューバ旅行の蓄えのためにどこへも行かなかった。
ホテルのプールで過ごそうと思っていたけれど、結局キューバ人のプールパーティーでエンジョイした。
それ以前は毎年日本に帰国していた。

今年はどうしよう?
昨年秋に里帰りをして、「4月に帰国するのは面白くないな」と思ったので、帰国をするなら秋がいいと思っているし、年老いた身内の事を考えなければ、買い出し意外に日本に帰りたいと思う事もあまりない。
出来れば他のところに行きたいけれど、6日間の休みでは遠出をするには旅費がもったいない・・・
しかもタイの正月なので、“高い!”

地方の混雑に対してバンコクは静かになるし、水かけの被害さえなければバンコクにいるのも悪くはないのだけれど。。。どうするかぁ?


ところで
香港啓徳空港時代の飛行機が間近に迫るド迫力が嬉しくてたまらなかった私、
こんな映像を見つけた。



香港以上のド迫力!
香港は建物すれすれという迫力があったが、ここは自身に向かってくる飛行機という感じ。
一度は見に行ってみたいものです。


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年輪

 2010-02-05
TVをつけてチャンネルを回していたら、懐かしい映画が始まったところだった。

「ラストエンペラー」

どれほど前の映画だったか?と思って調べてみたら1987年だった。
1987年と言ったら、まだ私が日本にいた頃だ。
一体どこで観たのかは全く覚えていないけれど、当時私も確かに観た。

23年前?
そんなに前だったんだ…

確かこの映画でジョンローンの名前が知られるようになったんだっけ。

全部観るだろうか?と思いながらも、
「最後はどうなるんだっけ??」と結局最後まで観てしまった。


最後まで見て思った事
映画そのものの話ではなくて、自分の事を考えた。
たぶん、23年前の私は、全く違う視点で同じ映画を見ていただろうと。

当時はそれほど印象を受けたり何かを考えたりしなかった部分に考えさせられたり。
戦争、日本軍、キャスト・・・あまり気にならなかった。
観終わった後の印象には、人の人生や老い、人間関係・・・
「つわものどものゆめのあと」的ななんとも言えない後味となった。

行った事はないけれど、紫禁城は素晴らしいだろうと思う。
誰かの観光写真やTVや雑誌の写真や、いろいろなところで観た事のあるこの紫禁城。
誰かの住まいだったとか、小さな城壁村だったとか、そんな事を想った事はなかったけれど、
映画のそんな部分が印象に残った。

新しい中国と言う国を作るために一般人とはかけ離れた自分の暮らしを捨てさせられて、
そして老いてまた、新しい中国が始まりつつ情景を目の当たりにする。
誰も彼が誰なのか知らない。

自分で切符を買って、かつて自分の育った場所を訪ねる。
とっても不思議なことだと思う。


最後はどうだったか??
本当に、すっかり忘れていた。
こんなに印象的な終わり方だったのに、何故全く記憶になかったのだろう?

たぶんそれは、あの時の私の視点が違っていたから。
感じるものが違っていたから。


年を取ったというより、年を重ねたという実感がわいてきた。
これが年輪と言うものなのだろうな。

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Youtubeでスペイン語

 2010-02-01
Youtubeってやっぱり便利。
好きな曲もすぐに探せるし・・・そしてたまたま、スペイン語が勉強できるシリーズを見つけた




これはもともと「ガリバーの服(?)」というビデオを紹介していたサイトから流れてたどり着いたもの。
そのビデオを紹介していたのは、i Spanish という、日本人の方が作っていらっしゃると思われるサイト

スペイン語―英語が多用されているので、わかりやすいって言えばわかりやすい。
音も出るし便利ですね。

・・・問題は・・・
じっくり聞いている時間がないので、結局学習できなそう (ははは)

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