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爆笑!キューバ式

2010年05月30日
ボンゴが壊れた・・・
片方の皮が破れてしまった。

ホテル所有のボンゴだけれど、彼らのステージに不可欠なものである。

パパが「修理をする」と部屋に持って帰った。

修理をする場に居合わせた私は・・・ショックのあまり一瞬「?!」

それから笑いが止まらなくなった。

ボンゴは見事に修理され、翌日のステージでは全くいつもと変わらず演奏がなされた。

       DSC01622.jpg


この黒い素材・・・何だと思いますか?


       DSC01619.jpg


よーく見てみて。。。


黒いフィルムに白っぽく見えるのは光の反射じゃありません。


これは・・・

    「肋骨」ですっ!


なんと、パパが修理に持ち出したものはレントゲン撮影済みのフィルム

「これ、だれの??」とい聞くと「レストランのスタッフの」との事である。


「キューバ式だから♪」と嬉しそうに作業を続行(笑)


実際に演奏されると全く違いはわからず、クバノHに話すとやはり
「全く音の違いがわからないよ」と苦笑い。

レントゲン写真の被写体(笑)の子に写真を見せたら、「これ、私の骨?!」とはしゃいでいた。


驚愕、でありながら爆笑! あっぱれキューバ式。

      
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踊りすぎて筋肉痛?

2010年05月30日
久しぶりに友達のクバノHと踊りに行く約束を。
場所はいつものSenor Pico・・・
Senor Picoはレストランなので、普通だったら食事抜きで踊りに行くという目的にはどうかと思うのだけれど、私達の場合はどちらかと言うと特別。
誰も踊っていなくても、盛り上がっていなくても、平気で踊れてしまう。

金曜日の夜とうって変わってお客が少ない。
私達がレストランに行った時間が遅めだった事もあるのだけれど、
夜間外出禁止令が解除されたために人々の選択肢が以前に戻ったのだろう。

夕食はとっと終わらせて、夜の街に繰り出そう! 

そんな感じなのでしょうね。

セニョールピコでは彼とサルサとメレンゲで5曲くらい踊った。
その後皆でLa Ruedaに移動して…一体何曲踊ったかわからない。

お相手はパパ、クバノH、バンドのベースマン3人しかいなかったのに、しばらくあんなに踊った事がないと言うほど何曲も踊り、プラス、ラインでも何曲か踊った。

考えてみれば・・・
昨夜はポムのDJで、私達の中枢を刺激する音楽が立て続けだったのよね。

音楽が気分を高潮させてくれる状況なんて久しぶり!

長い間、たまにLa Ruedaに来れば音楽が悪いと不満をこぼしていたクバノスも「今日の音楽はいいね!」と興奮して踊り続けた。
ダンスと言うのは気分のノリ次第だから、ノリ始めたらもう、一気にノリ続けてしまうもの。

本当にどれくらいぶりだろう??
私の好きなCubanismo的夜が戻ってきた気がする。

残念ながらそれもあと少し・・・なんだけれどね。

パパとMi Hermana2人は新しいメンバーと戻って来る予定だけれど、未だ書類のサインが終わっていないのでそれも確実だとは言えず、若い2人は今回で契約が終わるので100%キューバに帰ってしまう。

ロビーのイギリス人ミュージシャンがラストステージだったと言う事で、彼らとホテルのマネージャーもLa Ruedaにやって来た。マネージャーがここに来るのは初めてだ。
仕事中はうさんくさがれている彼も、ホテルのスーツを脱げばただの若者。
しこたま飲んで踊って・・・やることは皆と同じだ。

彼を捕まえて「彼らのバンドが戻って来るのはいつなの?」と聞いてみたが、「僕も知らないんだよー」とタイ語で答えてきた。
「でも、僕は既にあなた達が恋しい(英語で普通に言う、I miss you の事)んだ。戻って来るんでしょう?」などと彼らに聞くもんだから、私は「それはあなたの責任でしょうが!!あなた次第でしょ!?」と一言言うと、苦笑いしながら縮こまっていた(笑)

本当に彼は知らないのだと思う。
まだまだ不安の残る、パパ達の再来タイです。


本日が契約のラストステージ、残すは来週の金曜日のパーティーのみ。
いろんな人が「金曜日は行くから!!」と言っているし、ブラジリアンパーティー以来の大型パーティーになる可能性は「大!」

次の日の土曜日は彼らを見送らなくてはならないので金曜日に楽しめば楽しむほど寂しくなるけれど、
「人生で重要な事はその時その時を楽しむ事!」なので、
最後まで思い切りテンションあげてしまおうと思います!!

そんなに飲んでもおらず、酔ってもいなかったのに・・・
知らず知らず踊りすぎ、
結果、久しぶりの筋肉運動過多で本日は筋肉痛(苦笑)

キューバンもサルサというダンスだけど・・・特別なことしなくてもハードな運動なのね。

サルサ ♪ Salsa | コメント(0) | トラックバック(0)

キューバンファンは是非!

2010年05月29日
現在セニョールピコにて演奏中のバンド「Fascinacion」のステージは今週の日曜日がラストとなります。

しかーし!

予定変更でセニョールピコの改装はキャンセルになったのの、しばらくキューバンバンドはお休みになるため・・・だからなのかわからないけれど、彼らの帰国前日、追加で一晩だけパーティーがあるとのこと。

6月4日(金)!

Amigos Cubanosも集まる予定、ルンバクイーンのクバニータが自身の生徒を引き連れて来るというし、F&Bのマネージャーも「ビックパーティー」とふれ込むくらいだから、これははずせない!


サルサ好きと言うよりはラテン好き

そんな人には外せないイベントになることでしょう!

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解禁!

2010年05月29日
外出禁止令がとうとう解除になりました!!やったー!

昨夜も外出するのを控えようと思ったものの我慢できず・・・
「0:00までだから、10分前に出ればいいや」とセニョールピコへ行ったら・・・

店は23:00に閉店、On Timeで店から出た。
それからパパ達の部屋で「30分くらい飲んで行けば」と言う事になり、行ったが最後!

「どうせ4:00AMまでなんだから、それまでいれば?」というMi Hermanaの言葉に甘えて、朝の「おはよう日本」を見ながら結局6:00AMのご帰宅(苦笑)

まぁ、これができるのももう後わずか。
彼らは来週末にはキューバに帰ってしまうのだから。

ところでバンコクの損害額が出たようで、公共資産のみで1億8千万バーツ
政府が個人の被害者に各1万バーツの補償を約束してる件数、現在で既に1.500件
・・・これは企業の損失、大手の銀行とかショッピングセンターとかを含まない金額なんで、一体どれだけの金額になるんだろうか??
(それでも補償1万バーツって・・・屋台の補償じゃないんだから全く足りないでしょうねぇ)


私でもこの大きな金額がどの程度か実感できない。
赤の人達には「1日当たり一人いくら」って教えてあげるといいんだよね。

税金払ってないんだから、国のお金ってどこから出て来るかわかってないかもしれないよね。

Nunca mas!!
バンコク/タイランド | コメント(0) | トラックバック(0)

断食明けを待つような?

2010年05月28日
本日、バンコクでは一応「外出禁止令」の最終日となっています。

思えば・・・

日本に帰る前の週は、体調大不調のまま働き、仕事が終わった金曜日に空港に走り、
日本では家族との時間を過ごすため夜間の外出は皆無(夕食だって両親に合わせると6時台だもの)、
帰ってきたらバンコクがすごい事になっていて、そのまま外出禁止令・・・
そして発令後2回目の週末。

本日は仏教の重要な日で祭日。

今月は10日も仕事してはいません。。。

休みは嬉しいけど、こんな状況の休日は嬉しいわけもなく。。。


しかしながら、
一時はどうなる事かと本当に心配になったあの事件が片付いて、
復興を急ぐニュースを喜ばない事はありません。

クライマックスに近づいた当時は「アフガニスタンと同レベルの危険地区」に認定されて、あまりの驚きに友人たちと笑ってしまいました。(不謹慎と思うなかれ!本当に言葉を失って、ただ笑うだけしかできなかったくらいなので)

InternationalなコミュニティーのFBではいろんな声が出ている。
怪我人や死者が出てて、それは本当に悲しい事です。

しかしながら私は、赤の方には申し訳ないけれど、これは自業自得だと思うのです。
喧嘩や戦争、両者が最初から打ち合う目的で勃発した事件だと言うのなら両成敗だと思うのですが、今回のケースでは、暴れ始めた群衆を軍が収めようとして起こった事態ですよね。
軍人だってできるならやりたくなかっただろう鎮圧、軍人だって怪我したり死んだりするのは嫌だろうに・・・
暴れた方はそういう覚悟があっての行動だったはずだと思うのです。

集会・・・占拠した場所の状況をみると、やっていい事と悪い事の人道的な判断も出来ていなかったと思えます。
集会中だから他人の物を壊したり勝手に持ち出したりしてよいのでしょうか?
街中にスプレーで文字を書いたり、いだづら書きをしたポスターをベタベタ貼ってもいいのでしょうか?

そうやって徐々に、バンコクの中でも一番の「高級」商業エリアを占拠して、汚しに汚して家に帰ってしまった赤の人達。
確かに「家に帰るための足が必要なら集まって下さい」という政府の呼び掛けに、遅れるなかれと家路を急いだのかもしれないけれど・・・汚されてボロボロになったバンコクの街を掃除するのは赤の人達ではない。

そういうところから本当に彼らが民主主義を訴えるべき人達であるのかどうか、よそ者の私には疑問に思える。

被害を受けたエリアに行った人、戻った人達からは、「もうほとんど、激戦だったあと影は見られない」と聞きます。
バンコクに住み、「早く以前の平和なバンコクに戻りたい」と思う人々が積極的に頑張っています。

法律上、夜の店も「午前1時まで」(エリアによっては2時)と言われているバンコクだけれど、やっぱりバンコクにはにぎやかな夜が似合う。

夜間外出禁止令中、バンコクの夜は死んだようでした。

あと1日・・・明日の朝まで!

私はイスラム教ではないし、断食もない。
けれど、断食明けを待つ人々というのはこんな心境なんでしょうか?
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日本の服

2010年05月24日
毎回帰国する際に、「この時ぞ!」とばかりに買い物をする。
けれどそこは物価の安い国でそれなりの収入を得る者・・・自慢じゃないが、本当に安い買い物しません!

そんな私でもいつも思うのは、
  「日本って物があふれてる!」
  「安くていいものがたくさん!!」

これはやっぱり人間の“ないものねだり的欲望”ともいうものでしょうね。
日本から旅行に来た方はこちらで山ほど買い物をされているし、こちらは日本で買い物をする・・・

私の実家は衛星都市でもあり、多くの人が通勤電車で都内まで通うような場所。
けれど田舎と言ったら田舎なので、安い掘り出し物は多々見つかる。
近所の昔からある洋品店などは、通販などの在庫処分品を仕入れて来るらしく、かなりのものが100円前後から買える! 
例えば『タンクトップ158円』とかね。

もちろんバンコクでもその程度の価格のものはいくらでもあるけれど、品質が違うんですよ。
日本の物は日本の規格に合格しているはずなので(B級もあるでしょうが)、ちょっとやそっとじゃ駄目にならないですからね。

ところが、日本でどうしても手に入らないものがある。
いつも「欲しい」と思って探すけれど、結果的に買えない。

ユニクロを始めとする量販店のボトム類、質の割に低価格。
量販店の衣料と言うものは簡単に洗濯機で洗えたりノンアイロンだったりしてとても便利なので、特に毎日真夏日の土地で日常の仕事着にするにはもってこいなのだ。

しかしながら、ボトムは見つからない。

今回の帰国は暇を持て余していたので、一人で店をフラフラして、暇にまかせて試着などしてみた。

なんでかなー??

どれもこれも合わない。
どう考えても、お尻を出来るだけ“ペッタリ、フラット”になるようなスタイルなのだ。
特に私はお尻が大きめなので、お尻に合わせるとウエストあたりがダボついて格好悪い。
ジーンズでもストレッチ素材でもそんな感じ。。。

外国人によく、「日本人女性のお尻は幅広平らだ」と言われれるけれど、
それを思い出し、「あんなにフラットなパンツをはいているからつぶれるんじゃないかしら?」などと思ってしまう。

欧米人の男性に言わせると、女性のお尻は大きいもの。
日本じゃ「小尻」をよしとするけれど、欧米人の女性にはお尻の小さい事をコンプレックスに思う人もいる。

いずれにしろ。。。ジャパニーズクオリティーのお手軽パンツ、欲しいなぁ~
ファッション☆お買いもの♪ | コメント(4) | トラックバック(0)

意外な歴史

2010年05月23日
パパ達との話で「えー、そうなの?」と思った事をもう一つ。

彼らの知り合いのキューバ人がホーチミンのホテルで演奏していて、昨夜私のいる時にMi Hermanaが丁度チャットをしていた。
そこでパパが「キューバに帰る前にホーチミンに行ってみたいと思っている」と言う。

私は行きたくないのに何度も行って、過去には長期滞在も経験したので多少事情が分かっている。

「航空券は高くないよ。バンコクからだと実質45分のフライトで着いちゃうから」

と説明して、彼らのPCを借りてササッと一番安いと思われるエアエジアのサイトで航空料金を検索・・・

安い。これなら行ける! と具体的な旅行プランとして考え始めた。

航空券は席が空いていたら問題ないからと言う事で、次にベトナムのビザの話になった。
日本人は既に短期間ならビザ不要で入国できるけれど、キューバ人は今でもビザが必要のようである。

以前仕事でベトナムに行ったキューバ人が文句を言っていた。
「キューバとベトナムは同じ社会主義の仲間で、あんなに関係が密接なのに、なんでビザが要るんだ!?」

キューバ人皆が最初に思う事なんだけれど・・・

「やっぱお金でしょ」パパとMi Hermanaが比較的冷めた感じで言う。

さすが大人。


そんな話の中で・・・

彼らが言うにはベトナム戦争時代にキューバからたくさんの人が応援に行ったらしく、Mi Hermanaの親戚には兵士の指導者としてベトナムに行った人もいるとのこと。

「彼はベトナムで片目を失ったのよ」


ベトナムにはキューバ人はいないと思っていたけれど残留キューバ人はたくさんいるらしく、
ベトナム戦争にのためにキューバから人が海を渡っていたなんて・・・全く知らなかった。

確かにハノイには「ベトナム-キューバ病院」ってものも存在する。

ベトナム戦争とキューバ人について調べてみたけれど見当たらない。

けれど、実際親戚が行ったという彼女が言うのだから本当に会った事なのだろう。


この歴史、興味あるな。。。
Cuba ★ y Cubanos | コメント(0) | トラックバック(0)

寝るだけの日曜日

2010年05月23日
昨夜「朝帰り決断」により、午前6時に帰宅。
ホテルからの数百メーターの間、朝早くから屋台の準備に取り掛かる人の姿をみて、ちょっとほっとした。
昼間はBTSが走る音が聞こえ、今は既に午後11:00を回るけれど、スクムビット通りを走る車の音がする。

明日は出勤、やっと仕事を再開できる。
FBを見てもみんな同じような事をコメントしていて、平和を取り戻しつつある事が現実である事を祈ります。


さて・・・昨夜の話。
セニョールピコに客はいないだろうと思っていたのだけれど、誕生日を祝うドミニカ人の女性とそのロシア人のご主人、ロシア人のお友達、イタリア人の友達という9人グループが命一杯楽しんでいた。

「私達の知り合いで、おもしろいのよ。後で紹介するから!」Mi Hermanaがいつものように笑っていた。

彼らは驚くほど酒飲みで、9人でテキーラ6本を空にして、更にビールやカクテルまでオーダーしていた。
ロシア人にあまり知り合いはいないけれど、こんなにも陽気な人種なのか??と驚いた。
まぁ、奥様がドミニカン出身でめちゃくちゃ明るいので、そういう事もあるのだろうけれど。

「パーティーが9時までなんてとんでもない!!」ってことで、パーティーどころかホテルの部屋まで取って友達を招待するっていうのだから豪勢だ。
で、ホテル宿泊客なもんだから、午前0時で店が終わりだって言うのになかなか帰らなかった。

午前1時、やっとパーティーがお開きになり、私はホテルのパパ達の部屋に一緒に移動した。

朝の5時まで帰れないと思うと、「大丈夫かな?」と申し訳ないような心配があったけれど、さすがはエンターテイナーで、話題豊富・飽きることなく夜明けまで話し込んでしまった。

パパ達2人はセニョールピコの契約を取ったのは今回が2回目で、今回の契約書を見た時驚いた事があったそうだ。
それは契約に際しての、ホテルのレギュレーション・・・「~してはいけない」が2ページに渡ってびっしり並んでいたらしい。

「驚いたよ。以前はこんなことなかったのに。これはね、ホテルの経験から増えてしまったってことはわかってるんだ。この世界は狭いだろ? 以前ホテルに来た、とあるミュージシャンが問題ばかり起こしたもんだから、それを防止するためにホテルが禁止要項を増やしてきたんだよ。でも自分達は一つも守っちゃいないよ。ホテルもそれを知っているけど何も言われた事はない。だって自分達は何も問題を起こしてないからさ。」

とパパが話してくれた。
更に続けて、この彼らの仕事について話してくれた。

「勘違いしてしまう若者がいるんだよね。でも自分達はあくまでホテルの従業員と同じ存在なんだから、ホテルがどこで演奏して欲しいと言おうが、時間をオーバーして曲の追加を頼まれても、望まれる以上喜んで演奏するよ。この仕事はそういうものなんだからね。お客が喜んでいる姿を見るのがこの仕事のやりがいだから」

ホテルのF&Bマネージャーが、「また戻ってきたいですか?」と彼に聞いたらしい。
すると彼は「ホテルは自分たちに戻って来て欲しいのですか?」と一見高飛車にも思える質問を返した。
マネージャーが「ホテルは戻って来て欲しいと思っています」と応えると、「ホテルが戻って来て欲しいと言うのでしたら、私達も戻ってきたいです。」

結果的にはごく普通の会話に思えるけれど、私には謙虚でありながらも自分たちの誇りを大切にしているなと思える。

過去の1度目は、当ホテルから「継続して欲しい」と言われたものの、Dubaiのホテルがギャラを釣り上げて来て、「こっちに来てくれ」と言われたのでDubaiに行ってしまったらしいけれど、

「お金は大切だしDubaiの給料は魅力的だけれど、今はバンコクの暮らしの方がいいよ。ここでは自分達の時間も楽しめるから。。。歳をとって来ているのかもしれないね。今でもDubaiから常にオファーがあるけれど、ここに残れるのなら残りたいと思っている」と嬉しい事を言ってくれた。

心配なのは未だ口約束で、まだ次回の書面による正式な契約はされていない。

「契約書にサインをしたらYumiだけに知らせるからな。Yumiに電話して“サケガノメル”って言ったら契約成立ってことだから忘れないでね。」

・・・とことん、“サケガノメル”がお気に入りの可愛いパパだった(笑)

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帰れないプレッシャー

2010年05月23日
休暇から戻って引き続き一週間仕事ができない。
昼間も暇をもてあまし、夜も外出できない・・・って、これストレス以外の何物でもありません。
しかも帰国前~帰国中と、夜遊びは皆無、帰ってきたらまたいつも通り楽しもうと思っていたのにこの状況。
皆同じだと思うけれど、家族や友達が一緒だったらそれもまだよし。
一人で家に居ると本当に気が滅入る。

昼間は唯一平常のエンポリアムデパートで友達と食事したり、お茶したり、歩いたり。。。
しかしそれも6時までとなっていた。

あー。。。土曜日。。。


Mi Hermanaに電話をしてみたら、「今夜はセニョールピコがオープンしているの」
と言っても引き続き外出禁止令は継続されていて、レストランはホテル宿泊客のための営業となっている。

でも・・・出かけたい!

「セニョールピコが空いてるの?! じゃ、30分でもいいから行くよ!」というと、
Mi Hermanaは「いいじゃないの!私達と朝まで一緒に居れば」


考えてみれば毎週土曜日は飲み会で午前4時から、長い時は5時くらいまで飲んでいるし、
それを考えれば彼らの部屋で朝まで過ごすのも悪くない。

30分で引き上げるか?
長期戦、朝までコースか??

「行ってから決めればいいや」と思って出かけてみたら、案の定発令の午後9時を回ってしまった。

ハイ、朝帰り決定!

セニョールピコから家までは本の2~300mしか離れていなけれど、
豪雨の後でもあったし、現状を甘く見ない方がよいと言う事から彼らの部屋にお邪魔することにした。

それでも、切り上げたい時に切り上げられないって言う状況はある種のプレッシャーを感じる。

しばらく飲んでいなかったせいもあり、先日の体調不良事件のトラウマもあってかかなり気をつけて飲んだ。
幸か不幸か、何だか数週間で急激に飲めなくなっているな・・・

カーテンの隙間がほんのり明るくなった。
何となくほっとした!

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平和を!

2010年05月21日
TVの報道などを見ていると、外には出ていないけれど「鎮火」を感じる。
本当にそうであってほしい。

週に数日、毎週のように踊るサルサ人達も踊れない事にストレスを感じているよう。
彼らは日曜日から活動し始めるかもしれないね。

FACEBOOKでは欧米人の知り合い達がまだ軍や警察のいる現場を歩いて来た写真レポートをアップしたりしている。
家から出ないとなるとこういう情報もないわけだから、彼らの活動にも感謝したい気持ちです。

ボランティアで「バンコクの掃除を手伝おう!」というチームも出て来ている。
参加したいけど・・・会社には山盛りのお仕事が待っているので、そんな余裕はなさそうね。

情報と言えばこの期間、FACEBOOKの知人達の情報は役に立った。
どこから集めて来るのか?速報やら写真やら・・・


そんな中、素晴らしい写真を公開しているサイトがあった。
今回の事件では外国人記者の命が失われたり、傷を負った方もいらっしゃる。
なので、「素晴らしい」というのはちょっと不適当かもしれないけれど、
どう考えても戦地としか思えない現場で戦ってくれた兵士たちの勇敢な姿、現実、そんなものをまるで映画の画のように写してくれたカメラマン達がいた。


当の赤の方達には未だにわからない人々も少なくないようだけれど、
タイ人でも外国人でも、「こんな事は二度とあってはいけない」と思う人々の方が多いと思う。

ご興味があったら写真をのぞいてみて下さい。
 ⇒ Boston.com
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まるで違う国

2010年05月20日
夜間外出禁止令2日目・・・はぁ~

昼間はそこそこ人出はあるものの、24時間営業のスーパーやセブンイレブンでさえ6時前には窓ガラスすべてに新聞紙を貼り付け閉店。
6時を過ぎると仕事から家路に急ぐ人々以外、出歩く人もいない。

昨夜も死んだように街が静かだったけれど、一部の場所では赤と軍との戦いで大変な事になっていたらしい。
今日もどこかで?
いや、どこにもあって欲しくない。

タイ語のニュースを聞くのも見るのも飽きてきたけれど、他に何をする気にもならず。


この夜間外出禁止は日曜日の朝まで続く。
当然、平日ですら夜の人出の多いバンコクと言えど、週末もこの状況が続くと言う事。

バンコクとの付き合いは長いけれど、こんな状況は初めて経験する。
まるで違う国… よく話に聞く、南アフリカはこんな感じなのだろうか?

もちろん南アフリカの話のように、「家から出たら命の保証はない」ってわけではないだろうけど。


破壊、放火、商店や銀行を襲う強盗行為・・・
これがあなた達の言う「デモクラシー」に近づく道なのでしょうか?


大型ショッピングセンターが何軒か燃えて崩れた。

銀行などは大学を卒業した人しか採用されないけれど、販売員や飲食業、観光業などは?

あなた達も失業するのは当然・・・善良な人々も巻き込んで。


TVで、街中でインタビューを受ける一般の人たちには、涙ぐむ人もいる。

大型の火事が多発したせいか?
いつもより空気が暑く感じる。
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言葉が出ない

2010年05月19日
午前中、数人のスタッフで自主出勤をしたものの、昼ごろに悪いニュースが入って来て・・・

急いで帰宅!

の途中、私の家のすぐ近くの大きな交差点にまでタイヤを燃やす黒煙が上がっていた。

その後、集会解散に不満を持つはぐれ軍団による無差別放火により大規模な停電。

どうなる事かと心配して、電気供給されている知人の家に避難をしようと準備を始めた頃、電気復活。
早速TVをつけたら丁度「外出禁止令」について発表されているところだった。

予想もしなかった程の大事に発展した赤集会の結末が、はぐれ軍団のやつあたりによる治安悪化。。。
やっぱり彼らは未だ原始の人々だった。


私の好きなショッピングセンター・セントラルワールドに位置するZEN、
集会で場所を無理やり提供させられた挙句に放火なんて。

普通だったら一晩でもお世話になった宿に火など放てるものだろうか?!

燃えるZENを見て拍手喝采の人々。。。正直、「皆逮捕されてしまえ!皆殺しだ!!」
そんな事を叫びたくなるような怒りがこみ上げてくる。



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一週間休み

2010年05月18日
日本から帰国してきてすぐに「明日明後日は休みね」との連絡に「えー?」と思ったら、
本日、今週いっぱい休みになるとの連絡が入った。


本当に、嬉しくない臨時の休暇・・・しかも一週間も。


今、本当に大変な事になっている。
無差別テロ化しているという情報が飛んでいるが、それもいい加減とは言えない現状。

私の生活エリアは平穏な感じだけれど、

BTSが運休したり
多くの店が閉まっていたり

やっぱり普通じゃないな。

どこまで行くんだろう??


「タイ地元新聞を読む」というサイトがあります。

ご興味のある方は情報収集のためにどうぞ。

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Crash(クラッシュ)

2010年05月18日
かなり久しぶりに日系の航空会社を利用しましたが、今の時期嬉しいサービスを受けました。
昔はどこの国の航空会社も対して違いは感じなかったので、料金の安い米系の航空会社を利用していた。
しかしながら近頃では、料金は少し安いもののそれほど大きな差額ではなく、使用する機材もボロボロで機内食も大したものが出ないというのが米系航空会社の印象となっていた。

久しぶりに利用した日系の全○○にはいろいろ驚きました!

まず、バンコクの今の状況から混んでいなかった事も理由だろうけれど、
出発前に体調を崩したので、ゆっくりできる座席のリクエストを出してみたところ・・・
幸いにビジネスクラスのすぐ後ろの、エコノミーの最前席をアサインして頂いた。
その席は特に広々としているものの、普通の席も米系ほど狭くはなさそうだった。

機内食に至っては昔と変わらぬ量と質、非常に満足♪

夜行便だから機内で寝るつもりだったものの、つい、映画を見すぎてしまいました。


帰りもやはり同じように非常出口の前の席を頂いた。
この席は「緊急時に乗務員の手伝いをすること」が条件となってアサインされるという。
バンコク行きは益々空いていたようなので、余裕の一人掛け・・・やっぱり映画を見てしまった。

観た事のある映画をもう一度観たりしたけれど、ひとつ気になった映画を選んでみた。
「クラッシュ」
2005年の古い映画だけれど、私はこの映画を知らなかった。
映画の解説を見てもよくわからなかったので、とにかく観てみた。

何となく不思議な映画で、一貫したストーリーがなかったという印象。
現実に起こっている事を、それを知らない人々に訴えるような映画だった。

LAでいくつかの事件が起こって、それぞれ全く関わりのない人々が出て来るのだけれど、
お互いがお互いを知らずとも、映画の中では何らかの関連性を持っていた。
誰が主人公だかわからない、というより、主人公がたくさん出て来ると言う感じも、何となくBabelに近い気がする。

しかしながらこの映画が訴えようとしているのは人種差別・・・

なのだけれど、

個々の人間がカラーによる人種差別的な言動をしているにも関わらず、「それだけじゃないんだよ」と言いたいように思えた。
別にカラーによる人種差別だけではなく、
それは身内の中にも偏見があったり、
偏見をもっていると思わせておきながら「人間の中味は本当はそうじゃないよ」と言いたげなシーンがあったり。。。

私にとっては非常に興味深い映画だった。

「映画が見たいな」と思っても何が見たいのかわからない私には、
この飛行中の映画はとてもありがたいのです♪
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嬉しくない発見

2010年05月18日
帰国中禁酒状態だった。
別に禁酒をしようと思ったわけではなく、自然にそういう状況になってしまった。

戻って来てから早速パパとMi Hermanaと「酒が飲める会」で冷たいビールを♪
2週間ぶりの酒類となる。

1杯目はおいしかった。
2杯目はちょっと苦しくなってきた。
3杯目は飲みきれず・・・だんだん頭が痛くなってきた。

おかしいな?
たった2週間だぞ??
体調不良だったから???

疑問を残したまま体の不調を感じたので帰宅。
帰宅するとトイレに駆け込み・・・
胃の中のものがすべて出てしまった感じ・・・(失礼!)

すぐに横になるも頭痛は治まらず、1~2時間ほどうとうとして頭痛で起きてしまった。
薬を飲めばすぐに出てしまう。
薬すら飲めない。
頭が割れるんではないかという痛み、熱も出てきた感じで・・・

脱水症をおこさないように水を飲む
トイレに駆け込む

水ですら、薬ですら飲めず、
脂汗が全身から湧き出て来るようなほてり
頭痛

よほど救急車を呼んで病院へ連れて行ってもらおうかと思ったくらい、辛い辛い思いをした。

ベッドでは頭痛がひどくなるばかり、部屋の温度も合わない!
ということで、リビングルームのソファーベッドで横になってみたらいつの間にか眠っていた。


「今日は薬は飲んでいなかったよな?」
ビールを飲む前に薬を飲まなかったか再確認してみるも、飲んだ記憶は一切ない。

何が起こったんだ??!!


最終的に自分で出した結論だけれど、

ビールを飲んでいる時に寒気を感じたので、飲みながら酔いながら発熱していたのかもしれない。

頭痛が来て、おう吐・・・
酔いによるものは最初だけで、後は風邪の症状から来ていた反応だったのかも??

タイミングが良すぎる!
いや、悪すぎる!!

こんなこともあるのか・・・
薬すら受け付けないという不調、怖いよね。
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浦島タロ子

2010年05月17日
日本に帰る度に自分が日本を知らない事に驚かされる。

今回なんか・・・
日本には珍しいたばこがたくさん販売されていて、やっぱり興味を引かれてしまうわけです。
ちょっとした好奇心で何か一つ買ってみようと自宅近所の自動販売機で買おうとしたものの、買えず。
子供のころからの知り合いであるお店のお兄さん(今はおじさんですが)に聞いてみると、専用のカードがないと自動販売機で買う事が出来ないと言うではないですか?
「今は24時間販売可能になっているからね」

はぁー・・・販売機が24時間働いていなかった事ですら知らなかったわ。


さて、ここ数年、地元から脱出することがほとんどなくなって来た。
誰かに会うためとか、妹の家に遊びに行くとか、どうしてもそこへ行かなくてはならない用事があるとかでない限り、買い物に行くことも遊びに行くことも最小限度となって来ている。

歳のせいもあるけれど・・・
短い休暇で限られた時間、年老いた両親や祖父母(祖母は他界してしまいましたが)と一緒に過ごす時間が欲しいと思うようになってきているのが一番大きな理由だと思う。

以前よく行っていた場所もたまに出ていくくらいで、行くたびに変わっている事に驚き戸惑う。

昔からの知人がお寿司をごちそうして下さると言うので銀座まで出て行った。
銀座で珍しいネタのお寿司を十分満喫した後、あまりにもよいお天気なので日本橋まで散歩して、東京駅付近に新しく出来たホテルの視察(偉そう!)に行ってみた。

もともと香港に長かった私達、香港ではホテルのコーヒータイムは普通の事だった。
日本では素敵な喫茶店やカフェと呼ばれる場所が無数にあるのので、わざわざ高いコーヒーを飲みにホテルへ行く必要もないのだけれど、昔懐かしということなのか?私達はいつも興味本位でホテルのラウンジに行ってしまう。

今回行ったホテルはアジアで有名な5つ星ホテル。
ラウンジはホテルのロビーのある高層階に位置していて、眺めはとてもよかった。
オリジナルのブレンドも私の好みには合っていて、知人と合うのは久しぶりだったので話も弾んで長居をしていた。

そんな中気になったのがピアノの音。

しばらくして我慢が出来なくなって、知人に言ってみた。
「あの、さっきからピアノの音が気になってるんですけど・・・」
すると相手の方も「一生懸命で、何だか発表会みたいですね。BGMというより、聞かなきゃいけないみたいで」

そう、私の印象では音大生のアルバイト。

香港をはじめ海外のラウンジのピアノは少なくともその道のプロが弾いているのが普通で、私達2人にはこのピアノの音に同じように違和感を感じていたようだった。

私は普通に学校で音楽を学んだ以外に音楽を学んだことがないので、音程やリズムがずれたりしない限り善し悪しなどはわからないと思っている。
けれど、こういうケースもあるんだ・・・

経験が少ないために聞かせるピアノが弾けないのか?
とにかく私は高級ホテルのラウンジでピアノの練習を聞いているような、そんな経験をしたという感じだった。

東京のホテルはアジア諸国に比べて本当に高いのに・・・
こういう面は諸外国よりずっと落ちるなー・・・

驚きました。

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バンコクへ戻ってきた

2010年05月17日
何だか大変な事になりつつあるバンコクに戻ってきてしまいました。
午後11時ごろ、空港で携帯電話を開けた途端メッセージが入っていて・・・月曜日と火曜日は急きょ休日となったとの連絡が。

日本での報道を見ていると当然のことながら戦場しかレポートされないので「危険だ」という印象が強くなる。
しかしながら在住の友人の報告はいつもの通り。
最近のこの状況、怖い事に慢性化してきているような気がする。
「あ、またなの?」
そんな他人事のような感じになりそうで怖いね。

空港からのタクシー、慣れているとは言え夜間の利用はいつも緊張する。
特に今回はタクシードライバーのほとんどが赤なので緊張した。

私に当たったタクシーには車内TVが付いていて、現場の状況をレポートしたニュースが流されていた。
出来るだけ話題に触れないよう携帯電話で友人と話していたりしていたのだけれど、それほど長く続けることも出来ず、ドライバーと話す事になってしまった。

ドライバーが突然、「タイが怖くない?」と質問してきた。
どうやって応えるか?を少し考えた結果として、「現場に行かないから怖くない」と正直に答えた。
「なんで現場にはいかないの?」と変な質問が戻って来たので、「悲しいから」と答えると、ドライバーは・・・

「そうだよね。タイ人とタイ人を殺し合うって事が悲しいよね」と言った。

ニュースで映し出されている映像はその日の昼間のもので、大通りに炎が上がっている。

なんでこんな事になったんだろうね、こんな事いつまで続くんだろうね、
そんな会話が続いた。

ドライバーの話がよく聞き取れなかったので詳しくはわからないけれど、
この人には3人の子供がいるけれど、そのお母さん(彼の妻)はいないそうだ。
大通りはどこも封鎖されて通れず、欧米人の多く住むサトーンエリアにタクシーが入れず、仕事も大変な事になっているよう。
話の感じから、この人は赤支持派には思えなかったけれど・・・こちらから質問したりするのは避けて相槌だけ打つようにした。

もうすぐ家に着くと言うあたりで新しいニュースが入ったようで、
ドライバーが「また大勢の赤が到着して、ラマ四世通りを封鎖したみたいだ」と言う。
本日の戦いで応援が必要だと思ったのか?
地方の赤勢が上京してきたらしいのだ。

まだ続く?
続きそうだね。
大金を費やして作り上げた都市が廃墟化して行く状況、
赤の人達は税金を払っていない人が大半なようなのでその損害には全く気付かないのか??

少なくとも、タクシードライバー達は日々収入が減っている事に気づいているだろうと思う。


追記:本文に入れ忘れたのだけれど、「こういう風に考える人もいる」というご参考のために加えておく事にします。
このドライバーさん、私が「悲しい」と言った事に対し、「そうやって思ってくれて嬉しい」と言っていました。
やっぱり誰にでも家族はいるし、殺し合いは「悲しい」
「だから」と言ってそれが収まらないのが現実だけどね。
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キューバへのお土産?

2010年05月05日
月曜日がたまたま休日に当たっていたので、バンドの4人を連れてホームセンターへ行って来た。
来月に入ってすぐキューバに帰る予定の彼ら、以前から「家のものが買いたい」と言っていたけれど、バンコクにはあまり日本のホームセンターに売っているようなものが売っていない。
タイ人はあまり自分たちで何をするという事がないからだと思う。

唯一“HOME PRO”というホームセンターがあるけれど、彼らがあまり行かないローカルエリアにあるのだ。
その辺には昔から日本のJUSCOがあり、JUSCOの中にはかなり広いダイソーがあり、
それ以外にも大型スーパーがある。
行った事がないのであれば、それはそれで楽しいエリアだと思います。

我一行は午後3時に出発し、地下鉄に乗って15分くらいでJUSCOに到着。
これからが長かった。
JUSCOはローカル向きの品ぞろえなので、お手頃価格の特売品が並んでいた。
彼らはシャツやらカーペットやらを買い込んだ。
ダイソーではキッチン用品やタッチ式の室内ランプなどなど、お気に召したようです。

1ヶ所で1時間以上・・・

お腹がすいたので一番便利なところにありお手頃価格の日系ラーメンチェーン店“8番らーめん”にお連れし、これまた醤油ラーメンのスープが美味しいと好評だった。
タイのローカルエリアでキューバ人4人がラーメンを食べる図、私には結構愉快だった。

ようやくメインのHOME PROに到着、ここでは2時間以上かかった。
彼らが欲しかったのはシャワーの頭と蛇口、「中国製は信用できないから」と念入りに商品をチェックしてイタリア製のものを購入。そしてキッチン用の換気扇も購入。
若い方のカップルは自分たちの結婚も近いからと、自宅に新しく作るベッドルームのドアノブや鍵などを買い込んでいた。

こういったもの、キューバには本当に何もないんだ・・・

「あるけれど本当に高いし、高いのにすぐに壊れる質の悪さ!」なのだそうだ。


それにしてもこんな大荷物。。。どうやってキューバまで?

彼らはエアロフロートのカーゴ便で送るらしい。
ホテルが出してくれる費用は少ないようで、それでも何度も交渉をしていたようだ。
パパやMi Hermanaは海外経験が豊富なので、荷物の量については心得ているところがあるけれど、聞くと、若い方のカップルはとにかくショッピングのしまくりで、「恐らく2人で300kgくらいあるよ」なんて言っていた。
大げさだとは思うけれど、とにかく多いらしい。

パパ達は戻ってくる予定だけれど若い方のカップルは今回で契約が終わるので、気持ちはわかるな。
ベースマンはベースを2本もオーダーメイドしていた。
ここでオーダーメイドすると、質はいいのにすごく安いんだそうだ。

好みやこだわりにもよるけれど、キューバ人どころか、他国の人々がショッピングに狂うバンコクだから当然の事だと思う。コロンビア人などはここの品物を仕入れて自国で販売、それで商売が成り立っちゃうらしい。
ラテンアメリカって物価が高いんだね。

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タップなしルエダ

2010年05月01日
木曜日のLa Rueda、レッスンに参加する人がいつもよりグッと多くてびっくりした。
実は、今回インストラクターが「木曜日はルエダクラスです」というようなレターを送付したので、ルエダを習いたい人達が集まったのだ。

キューバン踊る人がいない中、ルエダは人が集まるなんて滑稽だわね。

実際に一度ルエダのクラスに参加した人は「ルエダって楽しいね!」と病みつきになる。
今まで継続してクラスが出来なかったのは、オープンクラスだと人数が揃わないと難しいから。

それにしても・・・キューバンが踊れないのにルエダって、何なんだろう。

疲れていたけれどビギナークラスが気になったので店に顔を出してみた。
そしたら、1,2,3ってタップなし・・・

タップ踏まないと、当然リズムが合わない。
インストラクターが女性陣に、デレゲノのステップを教えていた。
反対側に移動して“クルッ”
なんとスピンターンの要領で方向を変えた。

えーっ?!
あれじゃ余計タイミング合わないよねぇ。

ビギナーの女性がリズムに合わせてスポットターン(スピンターン)が出来るとは思えないし、男性はステップを歩く要領で移動するから、こりゃ男女の間に時差が出来るわねぇ。

中級クラスのアシスタントをしているポム、彼女にそれを言ったら・・・
「だから私が教えないでアシスタントだけしてるの。ビギナーは気にしないわ。だって、タップから教えたらルエダなんていつになったら教えられるのか?? その前に生徒があきちゃうわ」

そういえばそうですよねぇ。
キューバンが根付かないのは全身でリズムを取れるようになるまで時間がかかるし、
リズムが取れないとパターンが増えない。
私見では、リズムが取れないと楽しくなれないのがキューバンだと思うんですね。

以前誰かに「タップを踏もうとするとわからなくなっちゃう」と言われた事がある。
私にとっては、サルサとの出会いその時から「サルサステップにタップは入るもの」と信じていた頃があったくらいで、今でこそケースバイケースで抜いたりもするけど、基本的にタップが入らないとすっきりしない。


「たくさんの人にルエダの楽しさを知ってもらえるいい機会」とは思うけれど、
「キューバンのステップを無視してルエダかよ?」というジレンマ。。。


そういえば・・・
たまたまその夜、このバンコクの大変な時期でも日本から遊びに来た男性に質問されたっけ。
「バンコクに踊りに来ていて疑問に思ってた事があるんだけれど、よく、“キューバンですね”って言われるんですよ。私の踊りはキューバンですか??」

こういう事ってバンコクではよくあるんですよね。
バンコクではLAじゃなかったらキューバン・・・というより、なんて言うんだろう??
コロンビアンはほとんどターンをしないので“それ”だとわかるみたいなんですが、
LAでもNYでもないスタイル、リズムに合わせてこまめにステップを踏むと言うのだろうか?
説明が難しいのだけれど、とにかくキューバンを良く知らないんですよね。

「あの人キューバンを踊るから、踊ってきたら?」
キューバン照りであまり踊らない私に親切心で教えてくれる人もいるけれど、かなりな確率で「違う」んです。

あー・・・
でもホントに、タップもなく、歩きではなく、滑りながら移動しているルエダを見るっていのは、
なんか気分的に… なかなか噛み切れない肉を口に入れてモゴモゴし続けているような、イライラを感じてしまう!!

サルサ ♪ Salsa | コメント(2) | トラックバック(0)
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