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父の故郷

2011年03月27日
バンコクでは毎週日曜日に日本のTV番組「いきなり黄金伝説」が放映されている。
他にもたくさん日本の番組を放映されているけれど、すべて2~3年前に日本で放映されたもの。

先週末から2回に渡って流されたのがたまたま「気仙沼」でした。


元気な港があって、やさしい人達がいて・・・

毎日のニュース映像と重なって、悲しい気持ちになった。


考えてみれば私の父は宮城県出身なので、父の知り合いは少なくないのだと思う。
幸い本家は内陸部の古川市、直接大きな被害はなかったよう。。。
けれどやはり宮城県民で東北地方にあることには変わらない。

毎年父は同窓会に出かけていた。

彼らがある年齢に達して、おそらく現役引退者が増えたからだろう。
同級生で既に亡くなっている方も多いらしい。
「せめて残っている同級生だけでも」という事なのか、数年前から毎年同窓会をするようになった。

昨年は丁度私が帰国した頃に同窓会があって、
父は新しい夏用のブレザーを新調して、関東地方から一緒に行く2人の同級生分も合わせて3人分の新幹線の切符を買って、まるで遠足前の小学生のようにはしゃいでいた。
新調したブレザーを取りに行った際、まずいことに母と私も店に寄ってしまったので、
「ブレザーに合う半そでのシャツが欲しいなぁ~」とシャツをねだられたので、気前よく買ってあげた。

いつも会場になるのは松島だった。

今年も震災前に同窓会があったようで、時期が少しずれていたら、私は今頃父を捜していたかもしれない。
父は年齢や体調を考えて「今回が最後の参加だから」と母に言っていたらしい。


私達も小学生の頃は毎年田舎を訪ねて、古川から行かれる観光地に足を延ばしたものだった。
けれど小学生の頃の話なので、仙台も、松島も、ほとんど記憶に残っていない。

中学生になった頃だったか、父の唯一の家族である祖父のお墓を実家の近くに移してから、父の故郷に足を運ぶ事はなくなってしまった。
可愛がってくれたお兄ちゃんやお姉ちゃんがいた事は記憶にあったが、不幸が重なって彼らは若くして病死してしまった。

私に思いだせる事はほとんどない。
けれど、相変わらず口が悪くて素直でない父はきっと心配したり悲しんだりしている事だろうと思う。


地震後、関東地方もひどかったというニュースを受けて、必死で実家に電話をした。
やっとつながった電話、たまたま出た父に「皆大丈夫?」と聞いたら、
「大丈夫だけど、お前の部屋だけぶっ飛んだ。。。帰って来ても寝る所ないぞ」

そんな冗談を飛ばしていたけれど。。。

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ジャマイカン♪

2011年03月27日
非常に古い曲ですが。。。

Harry Belafonte 
         「マチルダ」(Matilda)

この人の曲ではバナナボートを知っているくらいで、この曲は知らなかった。
たぶん聞いた事はあると思うんだけど・・・


マチルダ、彼女は私のお金を持ってベネズェエラへ逃げた!!


これを繰り返すだけで一曲出来上がり!
演奏はジャマイカンテイストで軽快で楽しい。
歌詞そのものは「え?」って感じだけど、それもすべてお笑い。

普通で考えたら、「したたかな女性にお金を持ち逃げされた情けない男」
でもって、泣きながら「Come back baby~」なんて未練たらたら・・・
それで聞いてる人達がハッピーになっちゃうんだから、なんだんだろう?

ラテンっぽいって言うのかな?
現実にはひどい話だけど、「たぶんこういう事は日常茶飯事なんだろうなぁ」とか想像してしまい、
何となく「それでもハッピー」な人々を思い浮かべてしまう。





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一緒にお辞儀

2011年03月24日
You Tubeで米軍の支援活動のビデオを見た。
孤立した被災地にヘリで沢山の(と言っても足りないかもしれないが)支援物資を届けた米兵。

帰り際に学校の出入り口で数人のおばあさんたちが並んで彼に両手で握手。
ただでさえちいさくて腰も曲がり気味なのに、拝むように頭を手につけるように何度もお辞儀をしていた。


ありがとう、ありがとう・・・


たぶん、何度もそうやってお礼を言ってたんだと思う。
それを見ていて涙がジワリ・・・そして私もつられて頭がコクンコクンと。

その本当のありがたさが私に伝わるわけがないけれど。

隊長さんがインタビューで、「自分たちのやれる事は何でもやってあげたいと思った」と。

また人の心にジワ~・・・


タイではゾウさん達が観光地で募金箱を鼻に下げて募金活動。
額におおきく「HELP JAPAN」なんて書かれてしまって。

通常は自分たちのおやつを買ってもらうために頭を下げるようにして歩いているゾウさん達。
ありがとう、日本のためにおやつを我慢してくれて。


昼休みに見ちゃいけない写真や画像です。
目に涙がじわ~・・・

だけど会社のネットの方が画像が早く見られるから


歳をとると涙腺弱くなるって聞くけど、それは本当かも。


自国が大変な大変な時、でも悲しみだけではない気がしている。
私が涙を抑える時は、もちろん悲しいニュースを見たり聞いたりする時だけれど、

もうひとつ・・・

忘れていた“人の心”を見て感じた時。

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また病院へ

2011年03月23日
先週の異常気象にやられたみたい。
16度の次が40度・・・って、砂漠みたいな数日だった。

月曜日に時々また止まらぬ咳が出て、正直まだ限界まで来てはいなかったんだけれど、
朝の豪雨にこれまた最近続いている腰痛もひどくなって・・・

「あ、仕事休んで病院行こう」

仕事を休んで午前中寝てました。
それでも体のだるさは治らず、病院へ行くには丁度いい具合の悪さ(?)
(悪過ぎてもしんどいし、悪くなかったら病院へ行かない)

昨年後半から毎月のように「発作的な咳」が続いてしまう時期ががあり、その都度病院にお世話になっている。
毎回1週間くらいで完治してしまうのだけれど。

さすがに頻繁に病院へ行くせいか、エレベーターで会った日本人受付の女性とも普通に会話。

「最近、陽気がおかしいから体調崩しやすいですもんね」とか、まるでご近所さん(苦笑)

日本人受付に行くと、これまた見慣れた顔の女性が「ご希望の先生いらっしゃいますか?」

どうやら何人か見てもらった中で私が気に入った先生は、通訳さん達の大の苦手先生だったよう。

「いえ、通訳が希望してるんじゃなくて、お客さんが先生を希望されているんです」

先生の予約を取るために電話をしている声が聞こえて来て、思わずクスリと笑ってしまった。

「この先生、きびしいですから(苦笑)」電話を終えた彼女が、私が笑っていたのに対して応えた。
以前、この先生がちょっと遅れて来た通訳をどやしていたのを見た事があるから、なんとなくわかる。

「この先生は少し日本語も話すし、別に通訳はいらないです。」

通訳さん達はホッとした様子でした。

別にどの先生でも、私は通訳なしでもいいんだけれど、
先生の便利を考えたら、タイ語が入った方が楽だろうと思うので、いろいろ説明したり質問したい時は通訳さんを頼むようにしている。

通訳さん達が苦手とするこの先生が気に入った理由は、診断が明確・簡潔であることと、本当にすぐに回復する。
毎回注射をされるかもしれないけど、だらだら不調を続けるより全然ましだ。


内科の治療を終えた後、整形外科へ行って腰の痛みを診察してもらった。
毎朝起きる時だけ痛む腰痛、もう3ヶ月くらい続いていた。

レントゲンを撮ったら、「かなり悪いです」と一言言われ・・・「!?」
炎症を起こしていたらしい。

2人の医者に見てもらい、山ほど薬をもらって・・・総額は3万円近い!


この山ほどの薬、日本に送ってあげたい。。。またそんな事を思ってしまった。
いつもながら、こんな立派な病院で保険を利用して治療が受けられる事、本当にありがたい事だと思う。
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見えないもの

2011年03月20日
昨夜、Mi Hermanaとパパ、その他友人でラルエダの前で飲みながら話していたら、
以前セニョールピコのマネージャーだったラテンハーフのイケメン君が、まるで寝巻のような部屋着のまま走って来るではないか?

皆、その格好で走って来た彼に大爆笑。。。

取り急ぎ我々に挨拶をし、いなくなったと思ったらすぐに戻って来た。
それから長い時間、彼らはスペイン語でしゃべっていたため私達にはわけがわからなかった。

最終的に、せっかくのイケメンの彼がそのような格好で走って来た理由を知らされた。


彼はお父さんの購入したバンコクのコンドミニアムに一人住まい。
この1カ月くらいの間に、彼の家に異変が感じられ始めたと言う。
ある友人が彼の家に遊びに来た時、息苦しいような不快な気分になったという。
そして鈴を鳴らすような音も聞いたと言う。。。

スイス生まれスイス育ちの現代っ子の彼は、見えないものの存在を信じない。


けれど昨夜は彼自身が何かを感じ取り、電話と財布を持って慌てて家を飛び出して来たらしいのだ。


Mi Hermanaが教えてくれた。
キューバ人は精霊などを信じるけれど、アジアに来て、アジアの人達がキューバ人以上に見えないものの存在を信じる事に驚かされたそうだ。

彼女は、アラーの神の国でも仏教の国でも、人々が信じる存在は「存在するもの」だと信じるタイプであると言う。
それは私も同じです。

イケメン君はなんでもいいから酔っぱらって家に帰りたかったらしい。

が、酔えない・・・

キューバ人、タイ人、日本人に「見えなくても存在する」ものについて力説をされ、専門家を呼んだ方がいいという事は納得していたらしいけど、問題はこの後。。。

「酔えない!これから家に帰ってゴーストと戦わなきゃならない!!!」そんな事を言っていた。


パパと私で、
「家に帰ったらとりあえず、リビングルームにおもてなしのお酒を出してみるのも一手」

そんな事をアドバイスしてみた。

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超突然の低温化?

2011年03月17日
バンコクの今朝7:00、気温18度だったそうだ。

今もたぶん20度はないでしょう。


   さぶい!!


18度くらいで「寒いなんてふざけてる!!」と怒られそうですが、
例年であれば今時は40度当たり前。
数日前まで暑くて、「いよいよシーズン到来」ってみんなで話していたところ。

年間通して半そでにサンダルが普通の土地なんです。
灼熱のソンクラーン、水かけ祭りまであと1ヶ月なんですけどね。

シャワーも暑い土地仕様なので、出て来るのは水ではないけれど・・・
寒そう・・・


会社から帰って来て体が冷えていたので、お湯を沸かして緑茶入れ、ゆっくり飲んであったまりました。

「あー、あったかい」
お茶のカップ(湯のみではない)を両手で包みあったまっていて・・・

雪の被災地を思い出してしまった。
あったかくておいしいお茶を届けてあげたい。。。


地球の自転が狂ったとニュースで読んだけれど、これはその影響なんでしょうか???

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気になっている事

2011年03月16日
これはあくまで私個人の考えであることを前提として・・・

ある方が今回の災害を「天罰」と声にして、叩かれて、謝罪した。

最初に私がこのニュースを読んだ時、私は思い切り同意してたんです。

もちろん、被災者の方たちに対する天罰なのではありません。
私は「罪もない人達のところに罰が行ってしまった」とも思いました。

何て言うのか・・・
近年における人間の行動、「人として許せない」と思うニュースが多かった。

日本だけではなく世界中で起こっている“破壊”“殺し合い”
理由もなく他人を傷つけたり、命を奪ったり。。。

せっかく命をもらってこの地球に存在するのに
命を無駄にさせるような社会、無駄にしてしまう当事者。

昨年バンコクでも大きな事件があったし、今年は中東の方でもめている。
北のお国は相変わらずで、そのまたもっともっと奥の地域では民族の伝統まで取り上げられそうな状況が長い間続いている。

すべて“人”の行い。


今回の大災害では、悲しみと並行するように感動の人間物語もたくさん語られている。
人が人を思いやり助け合い、真のドラマが生まれている。

被災者の方々を見ていて、
「私だったらあんな風にできるだろうか?」と、その力強さ、美しさに自己嫌悪的な気持ちも横切る。

災害が起こってから、私は毎日がありがたく思える。
本当はありがたい事が普通になって来て日常忘れてしまいいがちだけれど、
ご飯が食べられる。
家に帰れば明かりがついて、水道から水が出て・・・何てありがたい事なんだと思っている。

災害のニュースの中で、仙台市内で強奪事件があったというのを読んだ。
首都圏の、被災をしていない地域では買占めが止まらず、ガソリンの盗難まであったという。

都内に住む妹に「都市部の人はどうしても自分しか考えられないのか?」と問いかけたら、
「悲しい事にそうかもしれないけれど、“自分しか頼れない”からなのかもしれないよ」と返信があった。

「ああそうか」とやるせない気持ちで納得してしまった。

とにかく、
こういう事が起こって多くの人が忘れいてた事が日夜ニュースとなって、口コミとなって、多くの人々が悲しみの涙に混ざって感動の涙も流している事に気がついた。

「天罰」と言ってしまった方は、たまたま立場的にまずかっただけじゃないでしょうか、私はそう思う。
「被災地の人々はかわいそうだよ」と付け足して終わっていましたね。

「天罰」と言われてしまうと、被災地の人達が「何故私達が?」って思うのは当然ですよね。


たまたま当地に居合わせたというシーシェパードの話も出ていた。

基本、仲たがいばっかりしている人間同士でも、窮地に陥れば助け合うものではないでしょうか。
そういう時に、「自分ひとりじゃ生きていけない」と他人の存在に感謝する。

こうやって思う事を綴っている私自身ほめられたものじゃない。
人でありたいと思うなら、「自身で努力しろ」という事なのだと痛感させられている。


地球の異常・・・
既に暑い季節で、乾季であるはずのバンコクに土砂降りの雨と肌寒い気候。
まだ時々、赤の人達のバイクの暴走も見かける。
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ありがとうございます。

2011年03月15日
外国の友人たちから日本のお見舞いの言葉や電話を頂いております。


そして、日本に支援の申し出をして下さった102の国・地域及び14の国際機関の皆さまに


本当に本当に


ありがとうございます!!!


  外務省HP

自国も大変な国からも申し出が・・・


そして動物愛護協会の皆さま、被災者の大切なお友達を助けてくれています。
人命同様、多くの命が救われますように心から祈っております。


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何ができるか?

2011年03月14日
先週末から、時間があれば、夜になれば、インターネットで日本のライブニュースを見ている。


   何ができる?


同じ日本人として今、何が出来るのだろう?
恐らく私だけではなく、沢山の日本人が同じようにそう考えるだろうと思う。


考えても結局、今直接何ができるって事はないんだね。

火事で燃えさかる現場で動けるのはプロだけ。
今は火事が燃えさかっている時と同じ状況なのだと思う。

私達が何か出来るとしたら、火が消えた後。
火が消えてからもすべき事が沢山あるものね。

今は各専門家にすべてをお願いするしかないんだよね。


募金、 とにかく募金、募金は出来る。


それにしても原発の状況は本当に心配ですね。
かと言って、東京電力の会見時の記者さん達、ちょっと話し方が失礼ではないかとイライラしてしまった。

もぞもぞ話す東電の方々にイライラしていたんだと思うけれど、
専門用語を使って話したところでわかる人はどれだけいるんだろうか?

どんな人でもこんな状況、
自分が高炉を見て調べて来たわけじゃないんだから、もぞもぞも仕方ない。

回答が分かりづらいって文句言う前に、質問を簡潔にまとめて順番に質問しようよ。
東電の方々を責めるような会見、
でも誰もあの事故を望んでいるわけもなく、たぶん皆必死だ。
東電の人達こそ、望まぬ現実であるはずで、本気で現実から逃げたいかもしれない。


頑張れニッポン! イギリス人も応援していた。

本当に頑張れニッポン! 頑張れ東北!!

ありがとう、世界中の人達
 
被災者の皆さん、本当に大変な時だけれど、助かった命を大切にして頑張って下さい。
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インターネットに感謝

2011年03月13日
自国がすごいことになっているのに、家のTVではNHKは当然のこと、CNNもBBCも映らない。
なのでインターネットでライブニュースを見ている。

本当にインターネットがあってよかったと思う。


外国の皆さん、本当にありがとう。
私のように国内にいなくて、全く役に立たない同朋もいると言うのに。。。


ニュースで外国の救助隊が到着した画像を見て、涙がドーっとあふれて来た。
ワンコちゃん達まで連れて来てくれて・・・

   ありがとう!! (涙)


普段連絡も取らないような人達からも「大丈夫?」って声をかけてもらった。


今日も何も手に着かない。
同じ事が繰り返されるニュース速報、それでも離れられない。

そして海外の人達が冷静行動し日常通りマナーを守る人々に「日本人は素晴らしい」と絶賛し、更に日本の無事、早期の復興を祈ってくれる言葉。。。


またまた涙がグググっ・・・・



   swiss.jpg
      この子も手伝ってくれるのね。 (sankeiphotoより)
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悲しい

2011年03月11日
大変な事が起こってしまい、続いている。

実家や妹にもなかなか連絡がつかず、仕事なんか手に着かなかった。
ようやく妹、そして母から「大丈夫だよ」とメッセージをもらいホッと一息。

も、つかのま。

日本の映像が届くようになってきて、
家も車も、町も道路も・・・いろんなものが大きな力で流されていくのをみて、
がれき、炎・・・他人事ではないよ。

日本で地震が観測できるようになってからの、最大規模の地震だそうだ。

家を失った人達、生活を失った人達・・・

 
  悲しい。

悪夢であって欲しい、夢なら覚めるから。


「日本海溝が壊れた」 そう言っていた。


まだ余震は続いているようだ。

どうか、これ以上被害が広がらないように!!
どうか皆さん、ご無事でいて下さい。


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もうやめましょう。。。

2011年03月09日
定期里帰りのために航空券の手配。。。

「4月から燃料代上がりますので、3月中に購入する事をお勧めします」と旅行会社の方からアドバイス。


えーっ?!

    また上がるの??



昨年末にやっと下がってバンザイしていたのに・・・

西の方でガンガン秩序乱してくれてるからなー


内乱、戦争や武力行使・・・大嫌い
人を殺して、環境を破壊して、勝ったら嬉しいのか?

自分一人では生きてはいけない事を忘れてる。


I AM LEGEND だっけ?


一度ああいう目にあってみるとよいのだよ。
アジアの“北”のお方も。

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ネバーエンディングストーリー

2011年03月05日
島で合流したのか偶然か?
クバノスの友人のクバナとそのご主人と息子が島にいた。
彼女はシンガーらしく、もともとはカンボジアに住んでいたそうだ。

旦那と息子を残して、彼女は私達と夜の宴と昼間の宴を共にしていた。

島を離れる日の夕刻、私達はいつ集まるかわからぬ彼らをホテルのカフェで待っていた。
するとそのクバナの息子が一人で遊んでいるではないか。
父はもう子守疲れなのか、一人でビーチのベッドでくつろいでいるし。。。

この子、すごく人懐こくて、ホテルやビーチにいる見知らぬ人々皆とお友達になっていたようだ。

彼はホテルのカフェにいる猫を抱きかかえ、何故かビーチにたむろする従業員だかなんだかわからないタイ人男性の集まる場所にその猫をデリバリーする。
カフェとビーチの間は車一台通れる幅の道があるだけだけれど。

猫は浜を嫌がり、下ろされるとすぐにカフェに戻って来る。

男の子はまたカフェに戻り猫を捕まえて浜に運ぶ。

そして放たれた猫はまたカフェに戻って来る。

そして男の子も飽きずに猫を捕まえに来て浜に運ぶ。


最初は猫の方も“そろ~”と忍ぶようにカフェに戻って来ていたけれど、4回目位から全力で走って逃げて来るようになった。
まさかそんなに続くとは猫の方も思っていなかったのだろう。
5回目、6回目と続くうち、カフェに戻るとホッと一息といった感じで座り込んでいた猫も、男の子から走って逃げるようになった。
しかし男の子は負けじと走って猫を追い詰め、捕まえる。。。そして浜へ連れていく。

猫が隠れた。。。
私達のところに来て、「ウェア イズ ザ キャット?」(Where is the cat?)と聞く。

そして捕獲に走る。

浜にいた私達の友達メヒカーナが戻って来て「もうやめなさい!猫がかわいそうでしょ?」と一打をするまで続いた。

「ネバーエンディングストーリー」私達はそう思った。

   boy.jpg


子供とは不可解で面白い生き物である。
が、この子、本当にこんなに野放しにしておいて大丈夫なんだろうか?と少々心配になった。
知らない人とすぐに打ち解けて、ちょこんと一緒に座っていたりする。


そうこうしているうち“町の浜の残留組”が持って行ったアルコールをすべて体に移し終わって、ピックアップに乗って戻って来た。彼のママもようやく戻って来た。


集合時間は午後4:30だった。
私達が彼らと別れてホテルに戻って来た時間は既に4:15
私達と一緒にホテルに戻って来たパパとMi Hermanaは、「どうせ無理だ」と最初から割り切っていたのか、なんと海に入り始めた。『待たされるのが分かっているのなら、その時間を無駄にするべからず』的な思想の持ち主。


4:30 集合
5:00 ボートで陸地へ戻る

そう聞いたはずだけど…

ボートが私達を迎えに来たのは午後6:00だった。
いずれにしろ、暗くなる前に陸に戻れてよかったわ。

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      私達の乗船を待つボート。。。またジャブジャブと…夕刻は波が高かった。

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ここで出会った

2011年03月05日
昨夜は定例女子会(夕食会)、その後毎年恒例のSenor Picoの“カーニバルナイト”へなだれ込む。
つい月曜日まで一緒だった一部のクバノスも壊れて暴れまくっていた。(相変わらず)
カーニバルナイトのプロ―モーションで、モヒートとカイペリーニャが150バーツネット!お得♪


さてさて島旅行の思い出のうち、非常に嬉しい出会いの話。

   これ↓

   santiago.jpg

年末にヨーロッパに行っていたクバニータが入手してきたという、

        Santiago Anejo

キューバのラム!
浜でオンザロックで頂いたその味は感激の絶品!!

キューバで買ってきた“Caney Anejo” を思い出した。
マイルドでやさし~いラムの味♪

一杯頂いてからランチに行って戻ってきたら… もう残すところほんの少しだったので、
結局2杯頂いて終わり。。。
その後はおなじみのタイビール“チャーン”(象)でビーチの時間を過ごす事に。

あー、それにしても本当においしかった。
もっと頂きたかったな・・・

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島の休日 『夜』

2011年03月03日
日も暮れた頃。。。
やっぱり同じくらいの適当な時間に現れたのはMiHermanaとパパと私達日本人2人の4人。

「絶対待つよね」・・・ってことで、
ホテルのカフェレストランにソファー席を陣取りビールでも♪
このホテルのカフェレストランってものは屋根だけで壁なしです。
まぁ、南国リゾートですから。

私らがくつろいでいると、次第にポツリポツリとメンバーが集まって来て、やっぱり最後はあの人。
クバノ兄。
この人はシャワーするのにウソみたいに時間がかかる。

私らの滞在したプライベートビーチ“Ao Phrao”(アオプラオ)はホテル意外に売店もレストランもないため、島の主要交通ピックアップトラックタクシーを呼んで船着き場のある町エリアまで遠征する事にした。
(以前来た時は浜辺にシーフードレストランが出たり、簡易バーがあったりしたのに)

いざ車が来て乗り込もうとすると「町へ行って食事するのに何それ?」という荷物。
彼らの大荷物の中には、チャーンビア(タイビール)の缶山盛りと、ウイスキーの1.5リットルボトル。
そう、浜辺にある野外レストランで隠れて飲むわけです。
いつもの事ですが。

氷用のバケツにウイスキーとコーラをしこたま入れてしまい、飲みたい時にグラスに次ぐ。
キューバンスタイル?

night beach
浜にずらーとならぶ夜のレストランバー、少なくとも1kmはあるんでは?
レストランは0時前には閉まってしまうけれど、ディスコとなっている場所もあり、結構真夜中まで遊べます。
もちろん、遊びたい方達だけでどうぞ。

   pick up
   山積みの人々

私らのいるホテルから町へ出るまで、山道を上がって下っていく。
舗装されている場所なんてほとんどないもので、運転手は手加減していても状況は手加減なしのオフロード。
途中、街灯もまーーーったくない山の中を通る。
真っ暗。

写真の緑のピックアップはいわゆる島のタクシーです。
1台あたり200バーツ程度で何人乗ってもその位。
「これ、四駆?」と思うほどいい働きをしてくれますよ!

スピードボート同様にかなり刺激的な乗り物で、ただでさえうるさい人々が絶叫しまくった。

で、続く
      
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島の休日

2011年03月03日
1泊2日でビーチリゾートへ行ってきました!
バンコクから4時間ほどで着いちゃうタイの国立公園、サメット島。
観光地ではあるけれど、タイの国立公園とあって、かなり安全なビーチリゾートです。

ビーチリゾートといえばゆっくりくつろいで・・・というイメージですが、

キューバ人グループと出かけたものだから、私のハードな「キューバ旅行」再現に近いものとなりました。

キューバ人達、普段からまず時間通りなんて事はない。

が、旅行一週間前から興奮し続けた一部のメンバー…

集合時間午前4:30、5分前に私の電話が鳴った。

   「あ、別にまだいいんだけど、

        私達もう集まってるから連絡しておこうと思って♪」

信じられない。
というか、立派に「早く来い」連絡じゃないか?


予定を5分も早まってレンブラントホテルを出発すると、車の中は大騒ぎとなった。

日曜日の朝とあって道路は空いていて、あっという間に島へ行く船着き乗り場に到着してしまったのだけれど、到着寸前から豪雨。豪雨のため、船着き場で雨が小ぶりになるのを待つ事になってしまった。

しかしながら、最近バンコクでは見なくなった昔ながらの“南国スコール”は健在で、しこたま降ったらピタッと止んだ。
小ぶりになったところでスピードボートに乗り込み20分ほどで島に到着。
島に着いた頃には空が明るくなって来ていた。
それだけ天候の変化が速いってことですね。

予約をしたホテルは3軒のホテルが立ち並ぶプライベートビーチにあり、スピードボートで直接浜に乗り入れする場合は当然水の中で止まる。
客は我荷物を持って海をじゃぶじゃぶ渡って上陸しなくちゃならないのです。

偶然にも、8年くらい前にこの島に来た時と同じホテルだった。
3軒ならんだホテルの真中のホテルは、何故にこんなに両隣と格差があるの?というくらい、
民宿風なコテージなのよ(苦笑)「贅沢にシャワーが浴びられる♪」という期待は妄想に終わってしまった。

たまたま両隣のホテルが立派だったという事にしよう。

beach3.jpg

ホテルに着いたのは午前9時、ホテルの部屋が空いているわけもなく。。。
丁度朝食時だったので、ホテルで朝食をとってから早速皆でビーチに群がる。

日曜日の早朝の出発、土曜日は忙しく、当然寝ていない。
行きの車は騒がしいやら、定員オーバーで座りづらい席に当たってしまった事もあってやっぱり寝られなかったし、ビーチのパラソルの下でうたたねなど・・・と考えていたけれど、それも夢で終わった。
キューバ人7人とメキシカン1人を含んだグループの中にいて、そんな平穏な時間が過ごせるわけもなく。。。

ま、ビーチでのんびり冷たいビールを飲みながら、話したり食べたりでも十分リラックス。
キューバ人若者組の行動を眺めていても、それはそれで面白い。

   cubanos.jpg
ジャンプをしたナイスショットのため、何度も撮影を繰り返す人々、彼らは本当に元気だ。

夕方になって夕食の外出時まで部屋に戻る人あり、ビーチでそのまま昼寝をする人あり・・・
私達は隣の高級ホテルのSPAへ行き、リフレックスオロジーでリラックス。
高かったけど、通された部屋はまさにリゾートの癒しの部屋。
日本人2人して贅沢なお休みの時間を過ごす事が出来ました。
そう、夜に備えて。。。


続く

      beach evening

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